コラム

「ナチス軍帽」写真流出で極右候補が選挙撤退...それでも苦戦するマクロン、やはり「無謀な賭け」は失敗に終わる?

2024年07月05日(金)16時50分
エマニュエル・マクロン仏大統領

エマニュエル・マクロン仏大統領(2023年7月11日、リトアニア・ビリニュス) Gints Ivuskans-Shutterstock

<ナチス時代のドイツ空軍の帽子を被った過去の写真が流出したことで、極右系候補ルディヴィーヌ・ダウディが議会選挙から撤退することに。この一件は、国民連合にある排外主義、外国人嫌悪の気風を改めて浮き彫りにしたが...>


・フランス議会選挙に立候補していた極右系候補が、ナチスの軍帽姿の写真が流出して選挙撤退に追い込まれた。

・そうしたスキャンダルがある極右政党に対してもマクロン陣営は苦戦しているが、そこまで追い詰められたのはマクロン自身の責任もある。

・そもそも今回マクロンが議会の解散・総選挙に踏み切ったのは、極右への警戒の高まりを政権基盤の強化のために利用したとみられているからである。

改めて浮き彫りになった極右の思想性

フランスでは7月3日、ルディヴィーヌ・ダウディ候補が7日に実施予定の議会選挙から撤退した。ナチス時代のドイツ空軍の帽子を被った過去の写真が流出した結果だった。

【写真】ナチス時代のドイツ空軍の帽子を被ったダウディ候補

ダウディ候補は極右政党 “国民連合” に所属しており、北西部カルバドスの選挙区から立候補している。

フランス議会選挙は2回投票制で、第1ラウンドで選挙区の過半数の票を獲得する候補が出なければ、上位2名によって第2ラウンドが行われる。ただし、第1ラウンドの得票率が12.5%を上回った候補にも決選投票進出の権利が与えられる。

ダウディ候補は6月30日に行われた議会選挙第1ラウンドで3位だったが、19.5%の票を獲得していたため、第2ラウンドに進出予定だった。

国民連合はダウディ候補の立候補を取り消したが、除名といった懲罰の対象にするかは触れていない。

移民・外国人の権利制限を主張する国民連合は、これまでも “差別的” といった批判にさらされてきた。そのため最近では “ネオナチ” のイメージ払拭に努めている。

とはいえ、ダウディ候補の一件は国民連合にある排外主義、外国人嫌悪の気風を改めて浮き彫りにした。

マクロンの “無謀なギャンブル” 

しかし、ここでの問題はむしろ、その国民連合が権力の座に近づいていることだ。6月30日の第1ラウンドで国民連合は33.2%以上を獲得し、暫定一位になった。

国民連合が議会第一党になったのは、1972年にその前身 “国民戦線” が発足して以来、初めてだ。

マクロン大統領が所属する中道右派連合 “アンサンブル” と、左派連合 “新人民戦線” はそれぞれ21%、28.1%にとどまった。

つまり、国民連合がこのまま第2ラウンドでも有利に選挙戦を展開すれば、議会第一党になる公算も高い。その場合、同党のジョルダン・バルデラ党首が弱冠28歳で首相になることがほぼ確実である。

フランスでは大統領に首相の任命権があるものの、首相は議会過半数の支持によって指名される。議会に指名された首相を大統領が拒絶することは基本的にできない。それが政治の空転を呼ぶからだ。

そしてその場合、大統領より首相の方が、影響力が強くなる。現在のフランス第五共和制憲法では、大統領には非常事態の宣言や宣戦布告、議会解散などの権限があるものの、日常的な行政権は首相に委ねられている。

要するに、国民連合が議会第一党になれば、マクロン大統領は手足を縛られたのも同じになる。

ただし、ここまで追い詰められたのにはマクロン自身にも責任がある。もともとこの議会選挙は、マクロンの “無謀な賭け” とも呼ばれていたからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、捕虜交換完了後に和平案を提示する用意=外相

ワールド

トランプ氏、日鉄のUSスチール買収承認の意向 「計

ワールド

アングル:AIで信号サイクル最適化、ブエノスアイレ

ビジネス

アングル:グローバル企業、トランプ関税の痛み分散 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドローン母船」の残念な欠点
  • 2
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 3
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非礼すぎる」行為の映像...「誰だって怒る」と批判の声
  • 4
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 5
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
  • 6
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 7
    空と海から「挟み撃ち」の瞬間...ウクライナが黒海の…
  • 8
    「娘の眼球がこぼれ落ちてる!」見守りカメラに映っ…
  • 9
    【クイズ】PCやスマホに不可欠...「リチウム」の埋蔵…
  • 10
    備蓄米を放出しても「コメの値段は下がらない」 国内…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドローン母船」の残念な欠点
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 6
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 8
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 9
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 10
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story