コラム

「世界一の親イスラエル国」なのに、イスラエルがウクライナに塩対応の理由

2024年02月26日(月)18時20分
テルアビブの広場に映し出されたゼレンスキー大統領の演説

テルアビブの広場に映し出されたゼレンスキー大統領の演説(2022年3月20日) Israfoto-Shutterstock

<「蜜月」だったロシアとの関係も冷え込みつつあるのに、なぜ?>


・ウクライナではイスラエルへの親近感が強いが、イスラエル政府はロシアとの関係を重視して支援をほとんどしていない。

・ロシアによるウクライナ侵攻に実質的に中立の立場の方針は、イスラエル国民の多くから支持されている。

・そこには「国際社会に安全保障を頼るべきではない」という考え方が色こく反映されているとみられる。

イスラエルの塩対応

一方が好意や共感を示しても、相手がこれにドライな反応しかみせないことは個人同士の間だけでなく、国際関係でもあることだ。

ガザ侵攻による人道危機をめぐり、各国でイスラエルの評判が悪くなるなか、ウクライナではイスラエルに好意的な人が7割近くに及ぶ。これはアメリカを凌ぐ水準だ。

ところが、イスラエルのウクライナに対する態度は、それに見合うほど好意的ではない。

例えば、イスラエルはアメリカの同盟国のなかで例外的に、ウクライナ侵攻後もロシアとの取引を継続し、対ロ経済制裁にも参加していない。

また、イスラエルはウクライナに軍事援助も行なっていない。

ユダヤ系のゼレンスキー大統領だけでなく、ロシアによる侵攻が始まった直後にはウクライナ軍の中核を握るアゾフ連隊からイリヤ・サモイレンコ中尉がイスラエルを訪問して「マリウポリは我々にとってのマサダ(古代ローマ帝国の進撃をユダヤ人が迎え撃った砦の名前で、最終的に女性や子どもに至るまで集団自決に追い込まれた説話は現代のイスラエル・ナショナリズムの基盤)だ」と強調し、イスラエル製ミサイル迎撃システム、アイアンドームの提供を含めて、イスラエルに軍事援助を要請した。

しかし、ネタニヤフ政権は現在に至るまでその要請に応じていない。

ロシアとの蜜月

イスラエルのこうした方針の背景には、ロシアとの関係がある。

冷戦時代のソ連はパレスチナを支持したが、1989年の冷戦終結にともないソ連から数多くのユダヤ人がイスラエルに移住した。

それ以来、ロシアはパレスチナ支持を続ける一方、イスラエルとの関係も基本的に良好で、2010年には軍事協定を結んだ。これはロシアにとって、中東におけるアメリカの拠点に食い込む意味があった。

そのため、ウクライナ侵攻を受けて国連総会で2022年3月2日に採決されたロシア非難決議でイスラエルは、アメリカの強い要請を受けてしぶしぶ賛成したものの、それ以上の措置に至っていない。

この「蜜月」はイスラエルとハマスの衝突の激化によりトーンダウンしている。

ロシアはガザでの即時停戦を強調しており、両国関係は冷戦終結後、最も冷却化したともいわれる。

ただし、ロシアはイスラエルを名指しで批判しておらず、大使召喚といった措置にも踏み込んでいない。つまり、外交的にイスラエルを追い込みすぎないようにしているといえる。

とすると、ロシアの即時停戦要求は、やはり即時停戦を求めるグローバル・サウスの支持を集め、イスラエルよりむしろその後ろ盾であるアメリカに対する国際的非難を目的にしたものとみてよい。

むしろロシアは「寸止め」にとどめていて、これを受けてイスラエルも対ロ制裁に参加せず、結果的にウクライナに対する塩対応は続いているといえるのである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日銀総裁会見のポイント:利上げへの距離感探る、経済

ワールド

成長率予想を小幅上方修正、物価見通し維持 ガソリン

ワールド

タイレノールと自閉症の関連示す決定的証拠なし=ケネ

ワールド

米イーベイ、第4四半期利益見通しが市場予想下回る 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨の夜の急展開に涙
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 6
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story