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日韓関係

「感情論」を排したリアルな舞台裏...日韓国交正常化交渉の「静かな読み方」とは?

2026年03月04日(水)11時00分
金 恩貞((公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構・主任研究員)

転機となったのは、ある韓国人研究者からの一言だった。

「新たな史料に依拠し、価値中立的である。韓国人の知性は対日感情とは別に、実証研究として受け止める力がある」

この言葉に背中を押され、韓国語版の出版を決心した。サントリー文化財団の海外出版助成に採択されたことも、現実的な後押しとなった。

「彫刻(日本語版)」に磨きをかける作業

冒頭でも述べたように自著を自ら翻訳する作業は簡単ではなかった。韓国語と日本語は語順が類似し、漢字文化の影響を受けた共通点があり、言語的にとても近い。

このため、日本語を韓国語に訳す際には、翻訳でも通訳でも安易に直訳するとニュアンスがずれることがある。筆者である私の主張、論旨、分析などを韓国人読者に正確に伝えるための工夫が必要であったことから、出版までには想定以上の時間がかかってしまった。

韓国語版では、一部出来事中心の叙述を時系列中心に再構成したり、日本人読者には常識的な記述となる日本の政権交代などについて補足説明を加えたりしているため、日本語版と構成や目次が若干異なっている。しかし、それは「別の本」を作るためではなく、日本語版の思考を異なる読者に届けるために必要な作業であった。

結果として、韓国語版は自分自身にとって、日本語版を再読し、再検討の時間を与えてくれるものとなった。それは既存の「彫刻(日本語版)」に磨きをかけ、精巧さを極める作業と時間だったといえる。

その過程が評価されたのか、韓国教育省・大韓民国学術院が選定する「2025年度優秀学術図書」にも選ばれ、現在、韓国全国の公立図書館と大学図書館にも所蔵されている。

本書は、日韓国交正常化という1つの歴史的妥結が、どのような論理と妥協の積み重ねによって成立したのかを、感情論から少し距離を取って考える材料になりうる。そういった静かな読み方が、日本語でも韓国語でも共有されるのであれば、著者としてこれ以上望むことはない。


金恩貞(Kim Eunjung)
2009年大阪市立大学法学部卒業、2015年神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。専門は日本外交史。大阪市立大学(現、大阪公立大学)法学研究科客員研究員、成蹊大学・日本学術振興会外国人特別研究員などを経て、現職。2014年より、関西地域の大学で非常勤講師として「政治学」「国際政治学」「外交史」などを講義している。単著に『日韓国交正常化交渉の政治史』(千倉書房、2018)、共著に『歴史認識から見た戦後日韓関係』(社会評論社、2019)、『日韓会談研究のフロンティア』(社会評論社、2021)、『大平正芳の中国・東アジア外交』(PHP出版、2024)など。2018年に「第三〇回アジア太平洋賞特別賞」、「2018年度現代韓国朝鮮学会賞(小此木賞)」を受賞。単著の韓国語翻訳書は、韓国教育省・大韓民国学術院の「2025年度優秀学術図書」に選定。


*2021年度サントリー文化財団「海外出版助成」の助成図書です。

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 『한일국교정상화 교섭의 정치사[韓日国交正常化交渉の政治史]』

 김은정(金 恩貞)[著]
 도서출판 선인(図書出版ソンイン)[刊]


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 『日韓国交正常化交渉の政治史

 金 恩貞[著]
 千倉書房[刊]

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