アステイオン

日韓関係

「感情論」を排したリアルな舞台裏...日韓国交正常化交渉の「静かな読み方」とは?

2026年03月04日(水)11時00分
金 恩貞((公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構・主任研究員)
日韓の国旗

Andy.LIU-shutterstock


<日韓関係が悪化し反日感情が高まる中で決断した韓国語版の出版。日本語から韓国語へ自著を自分で訳すということ>


自著を自ら翻訳する作業は、想像以上に厳しい経験だ。また、日本語と韓国語は近い言語であるがゆえに、直訳は思考のずれを生みやすく、文章を追うたびに自らの考えを改めて問い直すことを迫られる──

拙著『한일국교정상화 교섭의 정치사[韓日国交正常化交渉の政治史]』(韓国・図書出版ソンイン)は、2018年に日本で出版した『日韓国交正常化交渉の政治史』(千倉書房)を、筆者である私自身が翻訳し、2024年7月に韓国で出版したものである。

私にとってこの韓国語版は、単なる「翻訳書」ではなく、時間をかけて自分自身の研究と向き合い直す過程そのものであった。

一枚岩ではない日韓国交正常化交渉

2015年3月に提出した博士論文を基にした『日韓国交正常化交渉の政治史』は、日本外交文書を中心に、1950年代から1965年に至る日韓国交正常化交渉を、日本政府内部の政策形成過程に分解して描いている。

外務省(アジア局)と韓国への賠償支払いを否定したうえで査定に基づいた個人への補償を主張する大蔵省の対立、歴史認識と法理のすれ違い、冷戦構造を背景にした現実的な妥結への圧力...。そうした動きは、決して一枚岩ではなく、「大河ドラマ」に例えてくれた読者もいるほど、時に滑稽なほどに錯綜していた。

一方で分析を進めるほど、日本政府の帝国主義的な論理だけでなく、韓国政府が実際には植民地支配の清算にはあまり関心がなかったことも、否応なく浮き彫りになった。

戦勝国の旧植民地帝国の責任でもあるが、韓国は当初からサンフランシスコ講和条約の枠組みを受け止めたうえで対日交渉に臨んだ。さらに1950年代後半以降は自らがより積極的に経済協力方式による政治的妥結を求めたことも明らかになった。

母国語ではなく日本語で、やや敏感なテーマの学術書を書いたことから、出版できたこと自体に満足していたが、幸いなことに、毎日新聞社・アジア調査会の「第30回アジア・太平洋賞」特別賞を受賞した。

ある韓国人研究者からの一言

韓国語版の出版について勧められたのは日本語版を刊行した直後だった。しかし、その2018年以降、徴用工判決をめぐり日韓関係が悪化し、韓国では反日感情が高まっていた。

そうした状況のなかで、日本だけではなく、韓国側の責任についても韓国人として踏み込んでいる本書を韓国で出版することに躊躇していた。「日本が悪い」という結論を用意しないこの本が、どのように韓国で読まれるかという確信を持てなかったからだ。

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