カール・シュミットに倣って、政治的決断を独占するのが主権者であるとするなら、植民地において植民地政府は主権者ではなかった。
現代においても、法の論理と緊急事態の論理の対立は存在している。2005年、イラク戦争が続く中、アメリカ国防総省は「国家安全保障戦略」において次のような警戒感を示した。
「今後も国民国家としてのわれわれの力は、国際的な対話の場や司法手続きやテロリズムといった弱者の戦略を用いる者たちによって脅かされつづけるであろう」。
法をテロリズムと並列して国家の脅威として認識する姿勢は、法が政治を抑制する強力な手段であるという認識の裏返しである。帝国と法の複雑な歴史は、現代世界における政治権力の脆弱さや、司法の政治的性格について考える手がかりを与えている。
稲垣春樹(Haruki Inagaki)
1983年秋田県生まれ。ロンドン大学キングズ・カレッジにて博士号(PhD in History)を取得。首都大学東京(現東京都立大学)助教を経て、現職。専門はイギリス帝国史。主な論文に、「19世紀前半のイギリス帝国における人道主義と法―英領ジャマイカを事例として―」『西洋史学』270号(2020年)、「令状、騒擾、税金滞納者―19世紀前半英領インドにおける現地人の司法利用と行政官の危機意識―」『歴史学研究』973号(2018年)など。「植民地インドにおける法の支配の比較研究」にて、サントリー文化財団2016年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
The Rule of Law and Emergency in Colonial India: Judicial Politics in the Early Nineteenth Century
『英領インドにおける法の支配と緊急事態――19世紀初頭の司法政治』
Haruki Inagaki[著]
Palgrave Macmillan[刊]
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