アステイオン

歴史学

日本人が無関心だった、中国周辺国・地域への「中華」の拡散

2023年05月19日(金)08時04分
岡本隆司(京都府立大学文学部教授)

そんな日本の一部でありながら、基地問題に揺れ「自己決定権」を渇望し「独立」さえ叫ぶ沖縄は、かつて琉球王国として「中華」にも帰属していた。

そんな中国との関係を断絶させ、沖縄県という日本の一部にしたのが1870年代のいわゆる「琉球処分」であり、基地問題をふくむ沖縄問題は、遅くともここから考えなくてはならない。アメリカとも無関係ではなかったからである。

ティネッロ・マルコ(神奈川大学准教授)は太平洋に及ぶ当時のアメリカのプレゼンスを、その「琉球処分」の過程からとらえかえし、日本・沖縄をめぐる史実を見なおすばかりでなく、現代の「米中対立」まで展望を試みた。

そのアメリカの言動を台湾問題において、中国政府は「一つの中国」に対する最大の障碍とみなす。その台湾の人々は「中国」「中華」といかなる関係にあるのか、またそれはどう変化してきたのか。

昨年のペロシ元米国下院議長訪問から波の高くなった台湾海峡は、しかし以前から決して平穏だったわけではない。いまなお「他者」ともいいきれない微妙な歴史があって、その様相を野嶋剛(ジャーナリスト、大東文化大学教授)がつぶさに論じる。

沖縄のいう「独立」をいまの台湾人は口にしない。中国政府のとなえる「中国」「中華」と抵触矛盾するセンシティヴなタームだからである。

そんな「独立」をとなえて弾圧を受けたのが、香港人だった。それから現在まで、着々と進む香港の「中国化」は、「一つの中国」の進展であるといってよい。

かつて中国の「香港」化ではじまった香港の「一国二制度」の歴史と帰趨は、やはり今後の「中国」「中華」のありようを占うものであり、その機微を倉田徹(立教大学教授)に解説してもらった。

香港の「一国二制度」は、独立を定めたものではない。明記するのは香港の「高度な自治」であり、しかし中国政府はその「自治」をも否定しつつある。

香港で現在進行形のそのプロセスは、実に西方のチベットでつとに完了していた。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世はインドに亡命を余儀なくされ、かつまた今も「高度な自治」の回復を訴えつづけている。

その歴史的由来を知られざるチベットの「中国」観とあわせて、小林亮介(九州大学准教授)が解き明かしてくれる。

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