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ジャーナリズム

シナトラと清原和博──情報がスピード化する世界で、取材者の居場所はあるのか?

2023年03月22日(水)08時08分
鈴木忠平(ノンフィクション作家)

『Frank Sinatra has a cold』は風邪をひいた数日間のシナトラを描写した作品である。もう50年前の書であり、私はシナトラの歌を聴いて育った世代でもない。

だが、読めばシナトラという人間がどんな価値観を持っていて、どんな感情の時に、どんな表情で、どんな台詞を吐くかまで、ありありとその人物像を浮かべることができる。

あくまで私見だが、おそろしく多面的な人間という生き物や社会の事象を描こうと思うならば当事者にインタビューをして終わりではなく、足を運び、証言を集め、洞察するしかない。あらゆることが速度を増している時代においては手間のかかり過ぎる作業だろう。

ただ、世の常として情報のスピード化が進めば進むほど、一方では時間をかけてつくられたものの価値が上がっていく。そこにこそ取材者の居場所はあるのではないだろうか。普遍的なタリーズの書を読むと、そう思えてくる。

なお、短編集の第2章にあたる『ヒーローの静かなる季節』はメジャーリーグのレジェンド、ジョー・ディマジオの引退後の暮らしを描いた作品で、これも同種の輝きを放っていることを付け加えておきたい。


鈴木忠平(Tadahira Suzuki)
1977年千葉県生まれ。日刊スポーツ新聞社でプロ野球担当記者を経験したのち退社。文藝春秋Number編集部を経て、現在はノンフィクション作家として活動。『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋刊)でミズノスポーツライター最優秀賞、大宅壮一ノンフィクション賞、本田靖春ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を受賞。最新刊に『虚空の人 清原和博を巡る旅』(文藝春秋刊)がある。


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 『有名と無名
 ゲイ・タリーズ[著]
 沢田 博[訳]
 青木書店[刊]

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 『Frank Sinatra has a cold
 Gay Talese[著]
 Penguin[刊]

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