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経済学

チケットやゲーム機の高額転売は本当に悪いことなのか?──「需要法則」からの接近(下)

2022年11月10日(木)08時01分
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科教授)


売り手が全く同じアイテムをK個販売するような状況をここでは考えて欲しい。また、各買い手はアイテムをたかだか1つしか購入しない(2つ目は不要)としよう。このとき、「一様価格オークション」を使うことで、次の1~3が実現できることが知られている。(1と2の詳細については割愛する。詳しくは末尾注(※3)などの関連書籍を参照して欲しい)


1. 各参加者は自分の価値を正直に入札するのが得
2. 落札金額は需給均衡価格とほぼ同じ値になる
3. 転売屋が落札しても転売で儲けることができない


転売との関係においては3が特に重要である。では、オークションを使うことでなぜ転売が防げるのだろうか。

いま仮に、転売屋がこのオークションに参加してアイテムを何単位か購入したとしよう。他の参加者の入札額はそのまま変化しないため、落札価格である「K+1番目」の入札額は(転売屋が参加しなかった場合と比べて)必ず上がることに注意して欲しい。

では、転売屋はこの落札価格よりもさらに高値で転売することができるだろうか。実は、これが不可能であることを、単純な理屈で証明することができる。ポイントは、転売屋がアイテムを売る相手は、オークションで落札できなかった参加者のうちの誰かになる、という点だ。

上の性質1を踏まえると、オークションの敗者たちのアイテムに対する価値は、転売屋がアイテムを購入する際に支払った落札価格よりも必ず低くなっているはずだ。つまり、彼らにアイテムを売るためには、この落札価格よりもさらに低い金額を提示する必要があり、結果的に転売屋は必ず損をすることが分かる。これが、一様価格オークションを使うと転売をなくすことができる理由である。

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「オークションを導入する」と言うと、一次市場の価格がますます高騰しそうなイメージを持たれるかもしれない。しかし、上の性質2で触れたように、実は需要と供給が一致する需給均衡価格をほぼ実現することができるうえに、売れ残りも起こらない。しかも、価格を決めるのは買い手たち(による入札)のため、売り手は需要について事前に一切把握する必要もない。

オークションは、等しい落札価格のもとで、転売屋に介入されることなく、売り手がすべての買い手に直接アイテムを販売することができる優れた仕組みなのである。

もちろん、需給均衡価格自体が高過ぎる場合には、売り手にとって大切な顧客層がアイテムを購入できない可能性もある。その際には、彼らに対してのみ行う割安な定価販売(限定販売)とオークションによる一般販売を併用する、というアプローチも考えられるかもしれない。

高額転売の問題を完全に解決することは難しいかもしれないが、こうした知見を活用することで売り手の選択肢が増え、少しでも状況の改善に繋がることに期待したい(図4)。


[注]
(※3) 川越敏司(2021)『基礎から学ぶマーケット・デザイン』有斐閣


安田洋祐(Yosuke Yasuda)
1980年生まれ。東京大学経済学部卒業。米国プリンストン大学で博士号取得。政策研究大学院大学助教授を経て、現職。専門はゲーム理論、マーケットデザイン、産業組織論。主な編著書に『学校選択制のデザイン──ゲーム理論アプローチ』(NTT出版)、『改訂版 経済学で出る数字──高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)など。


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