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国際政治

武器政商、それともフランス外交の立役者か──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(中)

2022年10月11日(火)08時00分
上原良子(フェリス女学院大学国際交流学部教授)

④ゴーリスム/外交的自律を支える武器輸出
武器輸出はダッソーのビジネス戦略にとどまらず、フランスの国防・安全保障政策の不可欠な要素となっていた。というのもフランスが目指した自律的な防衛政策を成り立たせる1つの条件は、自国の産業による兵器調達にあった。そしてこれはド=ゴールが提示した独自核の開発だけにとどまらず、通常兵器でも例外ではない。

とはいえ、フランスの財政規模では、その調達に限界がある。またメーカー側も最先端の兵器をすべて開発することは極めて困難である。そのため輸出を拡大させることこそが、国営・民間を問わず、自国での兵器開発の条件となっていった。戦後の軍需産業の再生に加え、輸出においても、官民の差異なくすべてフランス政府の統括のもとで進められる構造が生まれたのである。

とはいえこの輸出拡大のためには、武器輸出相手国の選別は極めて柔軟とならざるを得ない。輸出促進のために現地でのライセンス生産、技術支援、購入時の借款等、官民一体となった手厚い(時として手厚すぎる)輸出支援策が準備されたのである。

こうした官民一体となった輸出戦略は、冷戦期の政治状況にも適していた。アメリカ・ソ連という超大国への依存を回避したい国にとって、自律を掲げるフランスとの取引は好ましかった。こうした国策ともいえる武器輸出体制、そしてフランス独自の外交戦略がダッソーの躍進を支えた。

※第3回:ミッテランに直談判し、国有化に反対したフランス軍需産業トップ──「ミラージュ戦闘機の生みの親」マルセル・ダッソー(下)に続く


[注]
(※2)ダッソーの飛躍は、しばしば疑惑を招き、国費の無駄遣い、不正な経理や収賄といった疑惑を招いたことも事実である。例えば1975年の会計担当者による持ち逃げ事件は、ダッソーへの国費の不正支出疑惑に拡大し、政府の査問が入った。調査の結果、ダッソーには贈賄の疑いはなく、国営企業の10分の1程度の補助金で、優れた成果を達成し、利益・納税も行っていることにむしろ驚きの声が上がった。加えて、軍事支出の高騰の一因として、軍側の問題も指摘された。軍トップの頻繁な交代の度ごとに前任者の決定が覆され、莫大な浪費を生んでいることが指摘され、むしろダッソーは変更の度に業務を強いられてきた構造が明らかとなった。

[参考文献]
Pierre Asseline, Monsieur Dassault, Balland, 1983.
Jean-Pierre Bechter, Luc Berger, Claude Carlier, L'épopée Dassault, Timée-Editions, 2006.
Lucie Béraud-Sudreau, French Arms Exports, The Business of Sovereignty (Adelphi series), Taylor and Francis(Kindle), 2020.
Claude Calier, Dassualt de Marcel à Serge, Perrin, 2017.
Claude Carlier, Marcel Dassault, La Légende d'un siècle, Perrin, 1992.
Claude Carlier et Luc Berger, Dassault, les programmes l'entreprise, Editions du chêne, 1996.
Marcel Dassault, Le Talisman, Jʼai lu, 1970.


上原良子(Yoshiko Uehara)
1965年生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。パリ第一大学歴史学部にて、DEA取得。一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。静岡英和女学院大学短期大学部国際教養学科助教授などを経て、現職。専門はフランス国際関係史・ヨーロッパ統合論。著書に『戦後民主主義の青写真』(共編著、ナカニシヤ出版)、『フランスと世界』(共編著、法律文化社)、『ヨーロッパ統合史』(共著、名古屋大学出版会)などがある。


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