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経済学

保険料は本当に会社が半分支払っているのか?──私たちの経済は「常識」と「非常識」でまわっている

2022年07月20日(水)07時56分
中空麻奈(BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長)

また、国が制度として確立してしまうと、おかしなことが起きることもわかっている。従前の体験だ。マル乳制度(乳幼児医療費助成制度)に基づき、子供の保険料が一切かからない世帯の友人の子供が、ジャングルジムから落ちた。

通常このような時には、子供の顔を見て、異常を感じなければ、「痛いの痛いの飛んでイケー」で済ませるものを、彼女は3つの病院でMRIを受けさせた。結果は異状なしでよかったのだが、これは、制度として無料で医療体制が利用できることにより生じた社会的ロス、だ。医療費は無駄に使われたし、それよりなにより、子供は3回も放射線を浴びさせられてしまった。そっちの方が余程悪いはずだったのに。

井伊雅子が「日本の医療制度をどう設計するか?──利他性を支える政府の関与」で病院の経営としての自由を担保しすぎたがゆえ、コロナ禍といういざというときに病院に診てもらえないということが起きてしまったことを指摘しているが、先のMRIと表裏一体の話である。かかりつけ医にしても、それがどんな役割で、誰かもわからない国民に向けてかかりつけ医の重要性が説かれている。それこそが不安に陥らせるだけであるという世間の常識が通用していないことに井伊は一貫して警鐘を鳴らしている。

また、その連鎖で言えば、世間的には、「身の丈より借金が大きくなった個人は破産するしかない」し、「そんな個人との関係は断つ方が賢明」という常識があるのに、経済的な解釈の一部には、「低金利であれば借金をして景気をよくする方が先であり、それが正しい」という常識が横行することもある。

こう考えてくると、いわゆる合成の誤謬は、「経済学の常識、世間の常識」から生じていることが多いのではないかと思える。だからこそ我々の周りにある常識を疑い、追求していくことが重要だとわかる。

「経済学の常識、世間の常識」。それぞれの非常識も含めて、様々な領域での問いかけが必要であり、それなくして政策が決まるのは恐ろしいことなのだと、改めて思わせる力作揃いであった。


中空麻奈(Mana Nakazora)
1991年慶應義塾大学経済学部卒業。野村総合研究所、郵政省郵政研究所出向、野村アセットマネジメント、モルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券などでクレジットアナリストとして活躍。2021年に経済財政諮問会議の民間議員となる。著書に『早わかりサブプライム不況』(朝日新聞出版)、『ユーロ連鎖不況』(PHP研究所)など。



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  『アステイオン 96
 特集「経済学の常識、世間の常識」
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
  CCCメディアハウス

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