アステイオン

美術史

日本人が持つ「中世ドイツ」のイメージを塗り替える、世界遺産コルヴァイ修道院

2022年07月11日(月)07時53分
安藤さやか(東京藝術大学専門研究員)

コルヴァイ修道院の西構え──ドイツ王にして皇帝の着座する場所

現在まで伝わるコルヴァイ修道院聖堂のうち、身廊と内陣は三十年戦争で荒廃したのちに再建された、17世紀以降のものである。それに対して聖堂の西構え(Westwerk)部分は、12世紀に改築された塔の上層部をのぞく大部分が、885年の完成当初の姿を残している。

西構えとは、高い塔をそなえた多層構造による聖堂西正面の建築構造のことだ。これは8世紀後半のカロリング朝時代に始まり、その後、ヨーロッパの聖堂建築の基礎となった。

ドイツ西部のロルシュやフランス北東部のケントゥーラ(現在のサン゠リキエ)が西構えをそなえた最初期の聖堂の例とされるが、いずれも現存しない。そのため、コルヴァイ修道院がカロリング朝時代の姿をとどめる最古のものだ。[図2]

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[図2]西構え内部の1階には薄暗い玄関広間が広がり、来訪者を聖堂内へと導く。2階はヨハニスコアと呼ばれ、正方形の吹抜け広間を、エンポリウムと呼ばれる二層構造のギャラリーが囲む。かつてここには玉座が置かれ、皇帝は聖堂内陣で執り行われるミサを見下ろすことができたという。Photo : Sayaka Ando

聖堂内に描かれたギリシア神話

コルヴァイ修道院は、カロリング朝時代の聖堂建築と修道院地区のあり方を伝える遺構として、2014年にユネスコ世界文化遺産に登録された。これに先立ち2007年に刊行された論文集『コルヴァイ修道院──カロリング朝時代の壁画とストゥッコ』(※1)は、歴史学・考古学・美術史学・文化財保存学など各分野の専門家によるコルヴァイ修道院の調査報告集成である。

同書では、美術史家ヒルデ・クラウセンを中心とした研究者らによる、聖堂装飾に関する長年の研究成果が報告され、発掘調査によって発見された1万点にものぼる壁画の断片から、同修道院の西構えの内部装飾の再構成が試みられた。

西構えの2階には、ストゥッコ(漆喰)による装飾やシノピア(赤で描かれた壁画下絵)の痕跡と、フレスコ壁画の一部が遺されている。なかでも目を引くのはヨハニスコア西側の壁面と天井をつなぐ部分に描かれた、海にまつわる壁画である。

大部分が褪色しているために、描かれた主題を知るには研究者らの描き起こし図に頼らざるを得ないが、スキュレーと戦うオデュッセウスや、竪琴を奏でるセイレーン、イルカに乗る人物などの一部を目視することができる。修道院聖堂であるにもかかわらずギリシア神話の物語が描かれた、異色の壁画だ。修道院の内部に、なぜ海にまつわるギリシア神話の物語が描かれたのだろうか。

クラウセンによれば、この聖堂壁画が描かれたのとほぼ同じ、9世紀のとある修道士の書簡から、スキュレーの咆哮(ほうこう)とセイレーンの誘惑に打ち勝つオデュッセウスが美徳とみなされていたと読み取ることができる。

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