アステイオン

サントリー学芸賞

インタビューやルポでは捉えきれない「欧州の排外主義」のデータ分析

2021年12月22日(水)16時45分
中井 遼(北九州市立大学法学部准教授)

SUNTORY FOUNDATION


<本書には二つの通奏低音がある――。第43回サントリー学芸賞「政治・経済部門」受賞作『欧州の排外主義とナショナリズム――調査から見る世論の本質』の「受賞のことば」より>


社会にあって私たちは常に他者と生きています。国際化の進展とそれに伴うヒトの移動の加速は、より多様で異なる背景を持つ他者との生活をもたらしてきました。他方で、異なるバックグランドを持つ人々を警戒し排斥しようとする意識、あるいはそういった主張を掲げる政治勢力への支持の高まりが、社会的関心を集めています。こうした現象に対しては従来、経済的苦境にある人々がその担い手であるかのように描かれる事が多かったところ、本書は多様なデータを用いることでこれら通俗的な理解に疑問符を示し、それらが階層を超えた多様な文化的感情やEU不信に規定され、時に政治的相互関係の中で形作られている面を論じました。

本書には二つの通奏低音があります。一つは、これらの問題に対して「どうあるべきか」という主張や願望から距離をおいて、「実際どうなっているのか」を大切にしたことです。インタビューやルポルタージュだけでは捉えきれない、市井のひとびとの意見を捉えるために、データを用いた分析を重視し、その要因を探る事を企図しました。どうあるべきかという価値と当為の議論の精度を高めるためにも、実際どうなっているのかという実証的理解を深めることは重要な営みで、両者は車の両輪のようなものだと理解しています。

もう一つ、ヨーロッパを広く見ることを大切にしました。日本の言説空間においてヨーロッパ政治が参照される際、どうしても西欧の大国ばかりが着目されがちですが、そうではない国々にも生活があり、社会的矛盾があり、それに直面する人々の努力や営みや時に闘争があります。より多様な人々の在り方も含めた分析を示すことには、それ固有の効用があるはずですし、社会科学研究としても重要です。かねてより中東欧の小国の政治を研究してきた者としての視座(あるいは意地)もここには含まれています。

実の所、本書執筆期間にあって幾度も去来したのは「ここに書かれていることは、現在の研究水準から見ればさして新しいわけでもないし、もっと優れた研究(者)は膨大にある/いる」という想いでした。しかしその都度「とはいえ誰かがこれを日本語で、適度な水準で著さねばならぬ」と奮起したのも事実です。サントリー学芸賞という長く仰ぎ見てきた光栄ある賞を頂き、望外の喜びに打ち震えるともに、報われた想い、多くの学恩と人々への謝意、幾何かの責任感を抱いております。本受賞は私ひとりに属するものではなく、これまで私の研究活動を支えてきてくれた多くの人々と組織と助成事業あってのものです。このテーマの研究は本書を書き上げた時点で一段落ですが、今後とも比較政治研究の進展に微力ながら尽力する所存です。

『欧州の排外主義とナショナリズム――調査から見る世論の本質』(新泉社)

中井 遼(Ryo Nakai)
1983年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。外務省国際情報統括官組織第四国際情報官室専門分析員、日本学術振興会特別研究員(DC2)、立教大学法学部助教などを経て、現在、北九州市立大学法学部政策科学科准教授。著書『デモクラシーと民族問題』(勁草書房)など。

サントリー学芸賞について(サントリー文化財団)

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