アステイオン

国際政治

「リベラルな国際秩序」論の盲点を突く

2020年07月10日(金)
赤阪清隆(公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長)

kentoh-iStock.

ますます不確実となりつつある現在の世界秩序を、「リベラルな国際秩序の終焉」、「グローバリゼーションの終わり」、あるいは「米中新冷戦」などと呼ぶことの是非について世界の識者が議論を展開している時に、池内恵氏が、「まだら状の秩序」と呼ぶことにしたのは、言い得て妙である。特に、これまでの議論でともすれば焦点が当てられてこなかった中東、南コーカサス、北欧といった地域に、これからの世界の変化の片鱗を見出そうとする『アステイオン』92号特集の狙いは、堂々巡りに陥ったかに見える世界秩序の議論の盲点を突いていて、さわやかな新風を吹き込むものと言える。

世界が不確実性を深めてきた主な要因は、グローバルな指導力に翳りの見える米国の相対的な力の低下と中国の急激な台頭であったが、それでも、戦後の世界で築されてきたリベラルな国際秩序は、最近までなお維持修復可能な秩序と見なされてきた。それが、「アメリカ・ファースト」のもと、マルチの国際秩序を尊重せず、ユネスコ、世界貿易機関(WTO)、世界保健機関(WHO)などグローバル・ガバナンスを支える数々の国際機関に背を向けるトランプ米政権、既存の国際法やルールを無視して独自路線を突き進もうとする中国、移民の急激な流入のもとで非リベラルな加盟国を数多く抱えるに至った欧州連合(EU)などが、このようなリベラルな国際秩序を次々と侵食するに至った。そして、そこに、国境を越える人の移動に突如ストップをかける新型コロナ危機が世界各国を襲い、グローバルなガバナンス体制と指導者の不在もあって、世界は秩序だった国際協力ではなく、各国それぞれが勝手自在な対応に追われる混乱した状態となるに至っている。

「南コーカサスにおける非民主的な「安定」」(廣瀬陽子)は、アゼルバイジャン、アルメニア、およびジョージア三国における多様で、非民主主義的な価値を含む秩序の混在状況を伝えている。これらの国は、互いに異なる信仰や文化、言語を持ちつつ、歴史的な秩序や統治システムを築いてきた。民主主義・自由主義という欧米の価値が必ずしも共有されてはおらず、政治的な安定を尊ぶがゆえに、権威主義や旧ソ連型システムを良しとする人々が少なくないという事実は、ソ連崩壊後世界が一元的にリベラルな民主主義に向かうと見た歴史観に痛烈な冷や水をかけるものである。

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