リーリーが突然大きな声で言った。
「窓を閉めてエアコンをオン!」
しかし、何ごとも起きなかった。
「助手席や後部座席からの声だと作動しないようになっているのよ。窓を閉めてエアコンをつけて」
すると4つの窓が一斉に閉まり、エアコンが回り始めた。
「23度で」
冷気が噴き出してきた。いたずら心が湧いてきて、画面に向かって話してみた。
「That's too cold. 24 degrees is better.(それじゃ寒すぎる。24度がいいよ)」
しかし反応はなかった。
「残念ながら彼はまだ英語は解さないのよ」と李さんが言う。
車は市内へ向かう高速道路に入っていった。さすがはEV、エンジンの回転数が高まる感覚もないままスッと加速した。
「ワンチュワン、お泊り先は新華路飯店でよかった?」と李さんが尋ねた。
「ああ確かそんな名前だったと思う。ちょっと待って」と私は言って、カバンの中からプリントアウトした予約情報を取り出した。
「そう新華路飯店。住所は新華路33号だって。聞いたことのないホテルでしょ。円安のせいで、出張旅費の範囲で泊れるところと言ったらこんなところぐらいしかなかったんだ。道わかる?」
「さっきあなたを待っている間にスマホで検索しておいたから大丈夫よ」と李さんはいう。だが、彼女のスマホはシフトレバーの前の台に置かれたままである。
中国に頻繁に出張していたコロナ以前、中国のタクシーには、日本のタクシーみたいにカーナビが備え付けられていることはまずなかった。その代わり、運転席の前面や横にスマホを置く台があり、タクシー運転手はそこに自分のスマホを差し込んでカーナビとして使っていた。カーナビがあると車上荒らしに狙われるという事情があったのだろうが、スマホは画面が小さすぎるのが難である。
李さんのスマホは画面が暗いスリープ状態になって台に置かれたままである。せっかくホテルを調べてくれたのに、これで大丈夫なのだろうかと少し心配になる。
市内へ向かう高速道路も半ばを過ぎたあたりで李さんが言った。
「そろそろ充電できたかな?」
李さんはそう言って右手でスマホを取り上げた。それまでスマホをシフトレバー前の台に置くことでワイヤレス充電をしていたのだ。
そしてスマホで前面中央の大型ディスプレイの角に軽くタッチした。
するとディスプレイがメニュー画面からナビの画面に切り替わり、地図と車の進むべき方向を示す矢印が出てきた。スマホで検索したナビの内容がそっくりディスプレイに映し出されたのである。