東京へ戻るために大連の空港で飛行機を待っている時、大連市経済の不振をもたらしたもう一つの理由を垣間見た気がした。大連空港を飛び立つ国際旅客機の6割が日本のどこかの都市に向かうのである。ことほどさように大連は日本の方を向いていた。日本側もかつては通産省が音頭をとって伊藤忠、丸紅、東京銀行などが出資して大連工業団地を造成するなど日本企業の進出を支援し、多数の大企業が大連に工場を構えた。2000年代には日本向けのコールセンターなどビジネスサービス業も盛んになった。
しかし、いま大連のことは日本の中国ビジネスの世界でも余り話題に上らなくなってしまった。日本企業の大連におけるビジネスの低調ぶりは、大連から東京へ向かう中国南方航空の飛行機に私以外の日本人客がほとんどいなかったことからもうかがい知ることができた。それは大連のせいというよりも、日本企業が中国事業全般に意欲を低下させているせいかもしれない。大連が日本の方を向きすぎたことがかえってあだになったのである。