ビル・クリントンがジェイムズ・パタースンと共著した政治スリラーからはビルのマッチョな英雄ファンタジーを感じるが、それ以外は政治的に無難な作品だ。それと比べ、ヒラリー・クリントンがルイーズ・ペニーと共著したこの国際政治スリラーは、異なる名前を使っているだけで、ドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチン、アリ・ハメネイ最高指導者、ボリス・ジョンソンなど実在の人物を連想させる登場人物ばかりだ。ウィリアムズ大統領は、トランプそっくりそのもののダン大統領に続く新大統領なので時代は異なるが、現大統領のジョー・バイデンではなく、バラク・オバマに近いのではないかと感じる。
2008年大統領選挙の激しい予備選を解説した『Game Change』、オバマ政権で国務長官を努めたヒラリーの自伝『Hard Choices』、ヒラリーと同時期にオバマ政権で国防長官を努めたロバート・ゲイツの自伝『Duty』などを読んだ経験から、オバマ大統領とクリントン国務長官との関係が複雑であったことは想像できる。
この国際政治スリラー『State of Terror』は、新任の国務長官だったときのオバマとヒラリーの関係を想像させるような生々しさがある。これまでのヒラリーが自伝で口を濁してきたことを、「フィクション」という形で自由に書けるようになったからかもしれない。『State of Terror』がビル・クリントンのスリラーより面白いのは、体験者でしかわからない政治的なかけひきの生々しさやリアルさだ。詳細部分でまるで壁のハエになったような気分を味わえるので、500ページ以上の長さだが全く飽きることがなかった。
米政治分断の危うさ
ヒラリーが選んだ共著者もいい。ケベック州の小さな村を舞台にしたルイーズ・ペニーの人気シリーズの魅力は登場人物たちの心理が見事に描かれているところだ。それがこの国際政治スリラーでも活きている。エレンが母としての私的な感情と国務長官としての公人の立場で悩むところなども読み応えがある。スリラーにはよくロマンスが含まれているが、このスリラーの中心にあるのはエレンとベッツィーとの友情だ。ガマシュ警部がカメオ出演するところも読者サービスとして楽しめる。
ヒラリーは現役の政治家時代に核兵器についての危機感をよく口にしていたが、その最悪のシナリオもここでは描かれている。現在のアメリカの政治的分断の危うさについても。『State of Terror』は、ヒラリーのファンでなくても政治好きなら絶対に楽しめる本格派の国際政治スリラーである。