4人の視点(Sujinのものはない)で彼女たちの人生を追ううちに、どこにも行きようがない閉塞感で苦しくなってくる。登場するリッチな男性は徹底的に嫌な奴らばかりで、美しい女性たちを性的に利用しながらもゴミのように扱い、自分の階級にふさわしい女性との結婚をしっかり計画している。愛人も結婚相手も、自分と同等の人間として捉えてはいないのだ。そこで女性たちが心置きなく愛せるのは、女友だちだけ、ということになる。

著者は、アメリカ、香港、韓国で育ち、アイビーリーグのダートマス大学を卒業し、同じくアイビーリーグのコロンビア大学でMFA(美術学修士)プログラムを修了した韓国系の女性だ。ソウルのCNNで旅行と文化の編集者を務めたこともあるということで、韓国の文化には詳しい。

アメリカの大学に行くために中学の頃から子供をアメリカに送る韓国人が多いことは知っていたが、そういう韓国人学生のニューヨークでのコミュニティが描かれているのも興味深かった。ここに描かれている韓国の閉塞感は日本と共通するものがかなりあるが、異なるものもある。特に若い女性に対する美の基準は日本を越えた恐ろしさだ。

閉じられた社会でのみ通じる価値観

アメリカ人読者を対象にした小説なので、たぶん著者は極端な例を描いたのであろう。そこには、美容整形の背後にある社会状況や個々の女性の事情を説明したいという作者の意図がうかがわれる。

だが、私のようにアメリカに住む女性読者は、登場人物が美容整形以外のことに熱意を抱いてくれることをつい祈ってしまうのではないかと思う。なぜなら、Kyuriたちが貯金を費やし、猛烈な痛みを体験してまで達成しようとする理想的な美貌は、アメリカではほとんど通用しない美であり、価値観だから。

韓国や美容整形に限らず、「閉じられた小さな社会のみで通じる価値観」に振り回される人生の苦しさや切なさを訴える小説と言えるかもしれない。