読者が抱く「強い感情」のひとつは「共感」である。
主人公の恵子の描写に対し「これは私だ。その気持はよく分かる」と感じたとき、読者は5つ星評価を与えて他の人にも「これは読むべき」と薦める。
英語圏の読者にも、恵子に与えられている「社会に適合するプレッシャー」に共感を覚え、惚れ込んでいる人はいる。だが、多くの読者は異文化、特に日本社会への好奇心として『コンビニ人間』を読んでいる。この作品に漂う疎外感や善意の人々のおせっかいの不気味さに気づかず、「キュート」「笑える」「ハッピーエンド」といった感想を抱く人がかなりいるのは、翻訳の問題ではなく、社会的、文化的な背景の違いがあるからだろう。
日本社会の閉塞感を実際に体験している日本人は、恵子が日常的に感じるプレッシャーを作者につぶさに説明してもらう必要はない。だが、日本社会を知らないアメリカ人読者が理解するためには、もっと恵子の心理描写が必要になる。
小説の長さと形式の問題もあるかもしれない。
アメリカの小説は通常ハードカバーで350ページ以上ある。現在最も売れているビル・クリントン元大統領の『The President Is Missing』は528ページで、5月に発売されてすでに30万部売れているスティーブン・キングの新作『Outsider』は576ページだ。英語圏の読者にとって村上春樹の小説は普通の長さなのだ。
それに対し、176ページの『Convenience Store Woman』は英語圏では小説というよりも中編小説(ノベラ)に近い。描写が多い英語圏の長編小説に慣れている読者はこの点で物足りなさを感じてしまうのかもしれない。
村田氏のシンプルな文体を「詩的だ」と感じるよりも、「文芸小説で求められる文学的な表現に欠けている」「character-driven(主人公のキャラ中心)」「プロットがない」と感じてしまう読者がいるのも、日本語と英語圏の文学における文化の差といえるだろう。
だが、説明の足りなさがかえって「ブッククラブ」と呼ばれる読書会に適しているという見方もある。アメリカでは、人々が集まって課題図書について語り合う「ブッククラブ」が定着している。読者により解釈が異なる『Convenience Store Woman』のほうが、ディスカッションが楽しくなるという考え方だ。
そういった読み方が英語圏の読者にもっと浸透すれば、日本の中編小説をひとつのジャンルとして英語圏に売り込む可能性は広がるかもしれない。
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