しかし、一般の人は日ごろからツッコミ役を常に隣に置けない。そこで危惧されるのは、表現の禁止区域が拡大しているなか、無意識に問題発言をして厳しい制裁を食らう危険性だ。考えてみれば、性別、年齢、立場を指す表現は普段から飛び交っている。「おばちゃんのハートを鷲掴み!」「おっさんの血が騒ぐ!」「マダムキラー!」などなど、テレビでもよく聞く表現でも「差別を助長する言葉」に敏感な社会ではどんどん許されなくなるかもしれない。
そんなとき、価値観のシフト、社会の暗黙のルール変更に気付いていない人が「〇〇蔑視だ!」とされ始めている表現を不意に使ってしまうことはほぼ不可避だろう。僕も気を付けているが、いつ自爆してもおかしくないと思っている。あっ、「自爆って、テロリスト蔑視だ!」と言われませんように(汗)。
より優しい言葉遣い、より平等な社会を目指す運動は、僕も心から応援しているし、貢献したいことだ。だが、不意な違反への過剰な制裁にも気を付けたい。「言葉ポリス」が生まれると、表現の幅、議論の幅が一気に狭まるし、寛容な社会を目指して狭量な市民になってはいけないから!
ね、マックン? あ、隣にいない......。