イラストレーターの上杉忠弘がアニメーション界の権威であるアニー賞を受賞したと言っても、この世界の人たちは驚かないかもしれない。取るべくして取った、そう感じただろう。上杉と9年に渡って親好があり、一緒にアートブックを出版したこともあるピクサーのイラストレーター、エンリコ・カサローサは、「アメリカのアニメ業界には忠弘のファンがたくさんいる」と言う。「僕も彼の作品を見た途端に夢中になった。光の使い方が繊細で、何より大胆な構図が素晴らしい」
上杉は2月6日に発表されたアニー賞で、ストップモーション・アニメ『コララインとボタンの魔女3D』(日本公開中)の最優秀美術賞を受賞。アニー賞はアニメのアカデミー賞とも呼ばれ、過去には宮崎駿監督が『千と千尋の神隠し』で監督賞、作品賞などを受賞している。日本人が美術賞を受賞したのは初めてだ(『コラライン』はアカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされている)。
『コラライン』で上杉が担当したのはデザインコンセプト。『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』を手掛けたストップモーション・アニメの第一人者ヘンリー・セリック監督にとって重要だったのは、原作であるニール・ゲイマンのファンタジー小説のイメージを具象化できるコンセプトアーティストを探すことだった。
「登場人物が動き回る背景が固定しているような作品にはしたくなかった。例えば、庭に立ち籠める霧、3枚の葉っぱを舞い上がらせるそよ風。そんな繊細な趣きが欲しいと考えていた。忠弘の作品にはそれがあった」と、セリックはオンラインマガジン「スイート101」に語っている。「忠弘のイラストレーションが作品全体の土台となったが、特にその色彩や簡潔さは欠かせないものとなった」とセリックは言う。
上杉はこれまで主に女性誌のイラストや企業広告、CDジャケットなどを手掛けてきた。作品を見ると、独特のエレガントな線に身覚えのある人が多いのではないだろうか。ヨーロッパやアメリカのギャラリーにも彼の作品は飾られており、フランスのエル誌にイラストを寄せたこともある。


『コラライン』の仕事は日本とアメリカの長距離で行われた。まずは原作を読んで、キャラクターのイメージ作りに取りかかるところから始めたという。ほんの数週間だけの仕事のはずが、それから1年以上かけて、建物や背景など全体のコンセプトアートにも取り組むことになる。 監督には自分の好きなように描いていくれと言われたが、1つだけリクエストがあった。「僕らが見たことのないようなものが見たい」。そんな難題なリクエストに頭を抱えたこともあるが、上杉は見事に期待に応えてみせた。
もちろん上杉が手掛けたのは最初のコンセプト段階で、実際に作品が出来るまでには大勢のアニメーターやイラストレーターが関わっている。オリジナルコンセプトから随分と変化を遂げたキャラクターもある。それでもセリック監督が言うように、上杉の感性が作品全体の土台となっていることに変わりはない。
主人公のコララインはアメリカの女の子だが、国籍不明のエキゾチックさを漂わせている。さらに桜吹雪が舞う(ように見える)シーンもあり、映画を見ながらほのかに日本らしさを感じる楽しみも味わえる。
「忠弘の絵はグラフィックなデザインが特徴だ。1950〜60年代のアメリカのイラストに影響を受けていて、細部の生き生きとしたきらめきが作品全体に雰囲気を与えている」と、セリックは評価する。
ピクサーのエンリコ・カサローサは言う。「『コラライン』のデザインには彼の繊細さがよく反映されている。例えば、木が1本生えているだけでも美しい」
上杉の描く美しい世界が、将来はもっとスクリーンで見られるようになるかもしれない。
----編集部:小泉淳子