監督から一旦退いた後に、再び復帰したのは90年代で、既に日本経済には昔日の勢いはありませんでした。それどころか、バブル崩壊で資金不足に陥る一方で、各企業が苦しい撤退戦を続ける中で、国際対応や標準化を省略した電算化などで業務は増える一方でした。ベンチャー企業だけでなく、この時代は多くの企業が単純作業の非正規化と、正規雇用者の長時間労働化を進め、職場の雰囲気は暗くなりました。そんな中で、長嶋氏の躍動する指揮のスタイルは、当時の日本人には懐かしさを通り越した愛おしさの対象であったのだと思います。

今から思えば、長嶋氏のプレーも指揮も、人の見えないところでデータを集めて理論的な分析を行い、孤独な練習や検討を通じて磨いていったものだと思います。ですが、プロの選手、監督としてはそうした地味な作業を全く見せることなく、天才的なヒラメキとともに躍動する姿を見せ続けたのでした。人々が何を欲しているのか、自分に何を期待しているのかを、野球だけでなく表現者としても稀有な天才は、それを知っていたのだと思います。

晩年の闘病生活も見事に完走した

本来は、90年代から始まるグローバリズムとコンピューターの時代こそ、そのように自由な躍動、自発的な強いモチベーション、顔の見える個人が対等に関与し合うコミュニケーションをより高度に発展させるべきだったのです。その意味で、長嶋スタイルというのは、21世紀を先取りしていたとも言えます。そうなのですが、長嶋氏の見せた類まれな躍動感、生命感、とりわけその目の輝きが示すような自発的な生き方というのは、時代の流れの中では過去へと置いていかれたように思います。

89歳という享年は、とりわけ晩年に経験された病苦を考えると見事な長距離走を完結されたという印象があります。けれども、今回の訃報とともに、氏の鮮烈な生き方というものが、本当に時代の地平線の向こうに遠ざかっていくのであれば、やはり限りのない寂しさを禁じえません。

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