もちろん、お金ができたらこれはやめようと思っていた。でも、僕が最初の正規の職に就いたのは日本にいた時で、日本では高品質な紅茶はけっこうな値段がしたのだ。

だから帰省するたびにイングランドから100個のティーバッグを持ち帰って、長く使おうとした......これまでと同じように使い回しで。薄くて渋い3杯目の紅茶を飲むたびに、「コンビニで売ってるひどい紅茶よりはマシ」と、自分に言い聞かせていた。

そして、日々の行動は習慣になり、なんとかこれに慣れてしまったので、やめることもないままだった。時には、再利用しようと置いておいた使用済みティーバッグが、週末に出掛けたりしているうちに3日もたっていて、カビが生えたりしたこともあった。そして、われながら意味がないなと思いながらも「無駄」になってしまったと反省したりした。

ティーバッグの値段はとても安いから、使い回ししなくても済む金銭的な余裕はあったはず。薄くて苦い3杯目を飲みながら、自分を冷笑することさえあった。「ここまでする必要ないのに、ケチだな」

自己弁護すると、僕は筋金入りの守銭奴というわけではない。スーパーのオリジナルブランドの紅茶(安くてまずい)よりずっと高価でずっとおいしい高品質の紅茶を買う(トワイニングやヨークシャーやテトリーのティーバッグ)。でもその高級紅茶を、経済的な合理性のレベルをはるかに超えて、最大限に使い倒すことを続けてきたのだ。

人生の残り時間を考えて

そしてついに、僕は違う考え方をすることにした。僕は以前より紅茶を飲むことが減った。そして以前より裕福になっただけでなく、人生の残り時間も以前より少なくなった。残りの人生で飲む限られた数の紅茶のうちの3分の1をイマイチな味で無駄にするなんて馬鹿らしいじゃないか。自分の限りある生について考えることが、この明白な選択の「助け」になったのは何とも奇妙だ。

というわけで年明けから3カ月がたったが、1回きりでティーバッグを捨てることにもはや抵抗はなくなった。むしろ、「ハハ!僕はそんな人間さ!1杯で1ティーバッグさ!」と、この状況を楽しんでいる。そして僕は、きちんとおいしい3杯目を味わっている。なんて贅沢なんだろう。

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