同番組より(写真はAI生成ではない場面) COURTESY OF NETFLIX
同番組より(写真はAI生成ではない場面) COURTESY OF NETFLIX

レトビーの友人メイジのAI版はどうか。有罪を宣告された殺人犯と並んで仲良くほほ笑む写真に、人工的にはめ込まれている。うまくできているが、よく見れば幻であることが分かる。どちらのアバターも悲しみを語るのだが、あいにく魂が欠けている。

ネットフリックスは、いわゆるディープフェイク(AIで生成した本物そっくりの動画)の利用は「出演してくれた方々の要望により、その匿名性を確保するため」の措置だと弁明している。匿名性の確保はドキュメンタリーの基本だが、今回の場合はそれで正当化できるとは思えない。

伝わらない悲劇の痛み

長年にわたり、私たちはドキュメンタリーで真実を語るために一定のフィルターを用いてきた。しかし一度として、「らしさ」のためにディープフェイクを使ったことはない。

ネットフリックスはセーラとメイジのAI版を、デジタルで真実を語るパイオニアと呼ぶ。だがこれは危険なフロンティアだ。生身の人間の顔をアルゴリズムで置き換えれば、たとえ匿名性を守れても、人間の抱える痛みが形骸化されてしまう。生きた人間ではない誰かとの共感を視聴者に求めるなら、語られる物語が、そしてドキュメンタリーというジャンルの価値が損なわれてしまう。

本物の悲劇がひどく嘘っぽく