ワグネルの台頭で、ロシアの対外政策の一部はフランチャイズのような仕組みに変わった。ロシア軍を正式に派遣する代わりに、武装請負業者や政治工作員を通じてロシアの影響力を拡大した。
あいまいな線引きは意図的なものだった。ワグネルは、ロシア政府が関与を否定できる余地を残しながら、ウラジーミル・プーチン大統領に武力行使の手段を提供した。
2023年6月の武装蜂起は、その均衡を崩した。
ロシア当局は2023年8月23日の飛行機墜落事故を調べ、遺伝子鑑定によりプリゴジンの死亡を公式に確認した。米国の情報機関は、墜落は意図的な爆発による可能性が高いと分析しており、2カ月前の反乱への報復と広くみられている。
プリゴジンの死後、ロシア政府は迅速に主導権の掌握に動いた。ワグネルの指揮系統は解体され、戦闘員には国防省と契約を結ぶか、解散するよう求められた。
プーチン政権は長年のワグネル司令官を昇格させることで継続性を示した。プーチンは2023年9月、AP通信がワグネルの幹部司令官と報じたアンドレイ・トロシェフ大佐に対し、ウクライナでの戦闘任務のために「志願部隊の編成に対処せよ」と命じた。
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