今月初め、前政権特権層の故郷というイメージがつきまとうこの街に、イラン革命防衛隊司令官が指導、訓練したシーア派イラク人志願兵の集団、「民衆動員機構」が中心となってなだれ込み、1か月弱の攻防戦の結果、居座るISを追い出した。途中、イランばかりに成果を持っていかれてたまるかとばかり、アメリカが空爆でティクリート解放作戦をサポートしたり、スンナ派部族も「民衆動員機構」に加わったりと、「イラク一丸となって戦う」ムードが打ち出された。だが、ISからティクリートを解放したのは、基本的にはシーア派民兵の「愛国的行動」だった。

 そのことで、イラク国内で再び宗派間の緊張が高まるのでは、との懸念が深刻化している。救国のヒーロー、シーア派民兵に対して、ISに寝返ったスンナ派住民、というイメージが広がっているのだ。ティクリートの住民が、解放後シーア派民兵の略奪に悩まされている、といった報道もある。そんななかで、イッザト・イブラヒーム率いる旧バアス党が、ISと距離を置いて繰り広げる「イランけしからん」の議論は、ISにもシーア派民兵にも反感を抱く人々の間には、浸透しやすい。

 浸透しやすいのは、アラブ諸国においてもだ。ナクシュバンディー軍は3月26日にも書簡の形でメッセージを出しているが、そこでは「(非アラブの)イランに対して、各国は王国だろうと首長国だろうと共和国だろうと、共闘すべきだ」と主張している。ラブコールの対象にサウディアラビアが上がっているのは、イランの支援を受けていると言われるホーシー派を目の敵にして、イエメン空爆を続けていることを受けてだろう。4月の音声メッセージでは、ヨルダンへの支持を強調して、ヨルダン人パイロットを惨殺したISを批判している。かつての同盟相手なのに!

-----

 実際、サウディアラビアはイエメン空爆に仲間を求めて、エジプトやパキスタンに参加を要請している。パキスタンは議会が拒否したが、サウディとパキスタンといえば、ソ連軍占領下のアフガニスタンでイスラーム義勇兵を養成してきた、古くからの共闘相手だ。

 そう、まさに1979年という、イラン革命とソ連のアフガニスタン侵攻が起きたときに組まれたタッグが、イランという存在を前に復活している。その機会をとらえて、対イラン共闘体制の核にあったイラクの旧体制、バアス党が、存在感をアピールしているのだ。イランに対抗しつつ、でもISを支援するわけにいかないとなると、便利なのは世俗主義のアラブ・ナショナリストでしょ、と。

 前回のコラムで、アラブ合同軍の創設のニュースに触れた。「アラブの連帯」が復活するなら黙っていないのが、アラブ・ナショナリズムのかつての旗手バアス党なのかもしれない。ISやイランやムスリム同胞団など、イスラーム主義者をすべて厄介者として退治するには、バアス党を再生させるのもいいかも、などと、サウディやエジプトやヨルダンが思い至ったりして。