今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔10月19日号掲載〕

 新宿TSUTAYAのCDフロア。最も目につくカウンター前にはK-POPコーナーがある。KARA、少女時代、2PMといったお馴染みのグループから、日本ではあまり知られていない「国民の妹」IUやバンドのCNBLUEなど多彩なCDが並んでいる。

 K-POPファンとおぼしき女の子が彼氏に熱心に勧めているが、彼の反応は冷たい。少女時代のジャケットを手に、「みんな、同じ顔じゃん。一人もカワイイ娘いないじゃん」と吐き捨てる。

 アイドルがダメならと、申し訳なさそうにバンドを勧める彼女。80年代、韓国の友人にチェッカーズを「ごり押し」した僕の姿がダブる。しかし、彼は「こいつらバンドなの? ギター弾けんの?」と鼻で笑ってその場を去った。

 K-POPの勢いは確かにすごいが、これがもう1つの実相でもある。ニューズウィーク日本版9月21日号が指摘するように「バブル」なのかもしれない。だが、そこには韓流の真実を知らないまま、根拠の薄い「上から目線」と優越意識に安住する「食わず嫌い」の側面がある。

 僕も今のアイドルグループ偏重のK-POPブームを手放しでは喜べない。本場韓国でも実は、画一的なアイドルグループのサウンドとダンスパフォーマンスに歌番組がジャックされるなか、「ホンモノ志向」と「実力主義」の新しいムーブメントが起きている。

 その流れをリードしているのは、今年始まった『ナヌン・ガスダ』、略してナガスという番組。直訳すれば「私は歌手だ」という意味で、実力派のアーティストが課題曲に挑むサバイバル番組だ。

■「私は○○だ」と胸を張れるか

 7人のプロの歌手、しかも一線級の実力派が500人の視聴者で構成する「聴衆評価団」の評価を受ける。評価団は印象に残った3人を選び、2週合計で7位になった人がその場で脱落し、新しいアーティストが加わるというシステムだ。

 日本でいえば、平井堅、Superfly、徳永英明、小柳ゆきのようなアーティストがしのぎを削る形だ。生き残るためには、アレンジの斬新さやボーカルの表現力の豊かさも必要となる。たった1度だけのライブ音源はそのままダウンロード販売される。往年の名曲が新しいアレンジでよみがえるという利点もある。

 プライドと歌手人生を賭けての真剣勝負。アレンジの段階からのドキュメントタッチの編集が緊張感を増幅させる。中年の聴衆は「失われた時を求めて」か、あふれる涙を拭おうともしない。歌番組で涙がこぼれ、胸が締め付けられるほどの興奮と感動を覚えたのはいつ以来か。

 もちろん当初は、この番組も賛否両論あった。あまりに競争社会をあおっているのではないか。音楽とは楽しむものなのに、極度の緊張感の中で歌う姿には息が詰まる。全員を座らせ、その場で結果発表をするのはあまりに残酷だ。歌手選定や判定に不服のネチズンたち......。

 それでも成績優秀で「名誉卒業」したパク・ジョンヒョン、「彼だけが歌手だ」と大絶賛されたイム・ジェボム、黒人の血が流れるベテラン歌手イン・スニなどのパフォーマンスはK-POPに対する認識を変えるだろう。

 さらに、この番組のもう一つの意義は、アーティストたちの渾身のパフォーマンスを見た視聴者に、「私は○○だ」と胸を張って言えるかと自問自答させることにある。いわば音楽版『プロフェッショナル 仕事の流儀』といった感じだ。この番組から勇気をもらい決意を新たにしている視聴者も少なくないだろう。

 TSUTAYAでK-POPをバカにしていた彼に是非ともこの番組を見せたいものだ。日本でも同様の番組が実現すれば、J-POPのルネサンスにつながるかもしれないし、実力派の歌手のチャンスにもなるだろう。