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網谷勇気 1978年、東京都生まれ。情報サービス大手企業、ITベンチャー企業などを経て、現在は児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援に取り組むNPO法人「ブリッジフォースマイル」の職員。2014年、NPO法人「バブリング」を設立。"ひとごと"を"じぶんごと"として捉えるための仕掛けを提供している。 ©JYAJYA FILMS

――父親になってみて、最初に考えていたことと違う点や何か変化はあった?

独り親って大変だなと思うことが増えたのと、あとは施設の職員のことをよく考えるようになった。寮の中でこういう感じで、児童や若者と接しているのかな、と。

どういうスタンスでコミュニケーションを取るのが渉にとっていいんだろうと考えるときに、いろいろな役割が浮かぶようになったのは当初と違うかな。それまでは「支援者」の自分だったが、支援者じゃない自分と、独り親を意識している自分と、施設の職員を意識している自分と、ちょっとごちゃごちゃですが......。

――養子縁組は渉さんが20歳のときで、一般にはそろそろ子供を手放す時期といえる。関係をつくるのは大変だったのでは?

それは想像を絶していた。ただ、一般家庭でも子供が20歳で手放していないと思う。大学卒業まで、または働き始めて25歳ぐらいまで実家で暮らしている人は結構いる。でも施設の子たちは、高卒で出て行くことになるケースが多い。一般家庭と7年ほどの差は、まだまだ埋められていない。

――映画の中で、NPOの仲間に養子縁組をしたことを伝えたら「その子が好きなの?」と言われる場面がある。同性愛者でなければ、そんなふうに聞かれることはないと思う。

あのメンバーが冗談で言っているのは分かっていたので、大した受け止め方はしていない。もちろん、「恋愛対象なのか」と見られることはよくあるし、特に昔は同性婚ができないから養子縁組をするという例があったことを知っている人に、「そういうことなの?」と聞かれたりする。でも、それについても気にしていない。

――両親から反対などは?

なかったですね。親には電話で報告したが、「今度会わせてね」と言うだけで、全面的に信じてくれた。うちでは親子でも別の個体、他者だという育てられ方をした。その距離感や他者尊重みたいな考え方は自分の中にインストールされていて、渉との関係でも手本にしているかもしれない。

――出来上がった映画を見てどう感じた?

そこは難しくて......渉のパート以外、描かれていないことまで全部知っている。そんな映画を見るのは初めてなので。

でも、もともと監督の作品は好きで、一作目(『ドコニモイケナイ』)が特に気に入っている。私も監督もダルデンヌ兄弟の作品が好きなんです。フィクションだけどヨーロッパで生きる人たちの人生を切り取ったようなところがすごくいい。

「社会で子供を育てる」ということ