今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

 東京にはありとあらゆる種類の地図があるが、最近面白いと思ったのは、3Dの携帯ナビだ。ユーザの視点から見た周辺の風景が立体的に画面に表示される。

 ただし、無駄なものはそぎ落とされている。多くのショップカードの地図がその店と2、3本の道しか記していないように、ビルは黒い箱へ、脇道は灰色の影へと姿を変え、その存在を隠す。東京のごちゃごちゃした喧噪はすっかり影を潜めている。おかげで目的地までの道順はとてもわかりやすいが、東京を彩るエッセンスの多くは失われている。

 もっともこの街に暮らす人たちは、日常的にこうした消去作業を行っている。建物の密集した都市では、簡略化された街並みを頭に入れておかなければ、効率的に動き回れないからだ。人々のイメージの中で、建物は箱に、道路は線に、電車の駅は線の上の2つの点となる。

 

 その結果、まったく違った2つの東京が立ち現れることになる。現実の東京と、簡略化されたバーチャルな東京だ。世界中どこの都市でも、街路図はある程度簡略化されたものにならざるを得ないが、それにしても現実の雑多な街並みとやけにすっきりした仮想イメージの両極が共存している点で、東京は突出している。人々はどちらの東京を見ているのだろう。

■高感度レンズよりもばら色のレンズ

「バーチャル東京」は実用のためだけのものではない。仮想空間に再現された東京で自分のアバターを動かし、都市生活を楽しむシミレーションゲームもある。ゲームの中の街並みは実在の東京を模したものだが、本物の東京とはどこか違う。コンビニのおにぎりは売り切れることがないし、ナイトクラブでは高額な請求を気にせずに夜を楽しめる。

 私が勤める大学のそばの駐車場にはスクリーンが設置されており、都内を走る車の映像が常時映し出されている。がら空きの大通りを飛ばすクールな車、素晴らしい都市景観。その光景は、普段私が通りを歩いているときに見る東京とは似ても似つかない。バーチャル東京は、ドライブ体験を快適で贅沢なものへと再構築する。

 東京人は、地図の上だけではなく、実際の世界でも小奇麗な「復元された東京」を愛しているようだ。例えば、昭和の雰囲気を伝えるレトロバー(実際の昭和よりもずっと情趣にあふれている)、博物館のジオラマ(現実の江戸の街並みはこんなに清潔だった?)。技術の進歩で、バーチャル東京は手のひらに乗るほど小さく、かわいくになった。それに伴ってイメージと現実のギャップも大きくなっている。

 他の大都市も、絵画や写真や地図では違った表情を見せる。しかし東京ほど、よく見せることにこだわる都市はない。ニューヨークやパリやロンドンのアーティストたちは、不潔でごみごみした都市の実態や、愛情入り混じる感情をそのまま映し出す。負の側面を隠そうとはしない。

 けれども東京人は、この街の醜い一面を恥じているようだ。東京も他の街同様、愛されもすれば憎まれもするが、なぜか人々はあるがままの姿から目を背けている。高感度レンズで実際の姿をリアルに捉えるのではなく、バラ色のレンズをのぞこうとする。現実逃避と言われても仕方ないだろうが、それによってこの街で暮らすことが楽になるなら、バラ色のレンズも悪くないかもしれない。

■現実世界を見ずに暮らす人たちも

 私自身、ときどきわからなくなる。自分の見ている東京が本物なのか、偽の姿なのか。この街では、目的地から目と鼻の先のところで迷子になることがよくある。それは、自分の頭の中にある簡略化された、わかりやすい地図を見失ったときだ。

 私が思い描くバーチャルな東京が消えて、リアルな東京が突然目の前に現れる。それはショッキングな瞬間だ。生身の都会がずかずかと自分の中に入り込んでくる。今まで見えなかったものが一挙に見えてきて、軽いめまいを覚える。それと同時に驚嘆の念も抱く。

 もしかしたら将来は、現実の東京をまったく知らずに、東京で暮らす人々が現れるかもしれない。今でも、多くの人はグーグルストリートビューで目的地の街並みをチェックして、携帯ナビを頼りに目的地に向かい、ろくに周りの風景を見ようともしない。どこに行くにせよ、よりきれいな「もう1つの東京」の中だけで移動が完結する。

 やがては現実の風景を置き去りにして、スクリーンに投影されたバーチャルな東京だけが1人歩きするようになるかもしれない。技術の進歩に伴い、東京のイメージは現実からどんどん乖離したものになっていく。東京で暮らす人々は、自分たちの街の本当の姿を見たくないのだろうか。小奇麗なイメージに満足しているのだろうか。

 大都市はどこでもそうだが、東京も迷子になることで、その素晴らしさがわかる。道に迷って適当に歩いているうちに、思わぬ場所に出たり、楽しい発見があったりする。迷子になるのも、東京歩きの楽しみのうちだ。

 小奇麗な地図の東京は横に置いて、猥雑でダイナミックな、底知れないパワーを秘めた本物の東京を体感してほしい。きっと、まったく違う都市のたたずまいに目を奪われるはずだ。