<「侵入を拒み、死角を消す」設計の城壁都市の歴史を学べば、防犯のヒントが見えてくる>
日本で「犯罪機会論」が普及しない背景には、日本の都市づくりが「領域性(入りにくさ)」と「監視性(見えやすさ)」を物理的に担保するプロセスを経験してこなかった歴史がある。
対照的に諸外国の歴史では、軍事(国防)と治安(防犯)は未分化であった。外敵による奇襲侵略は、現代の感覚で言えば「集団による強盗殺人」そのものであり、それらを阻むために人々は一カ所に集まり、街全体を壁で囲んだ。これが「城壁都市」である。
つまり、城壁都市こそが、物理的な境界で侵入を拒み、見張り台から死角をなくす「入りにくく見えやすい場所」を体現した、犯罪機会論のプロトタイプ(基本型)なのだ。
そこで、その歴史を振り返り、現在社会への犯罪機会論のヒントを探りたい。
紀元前9千年紀
世界最古の町と評されるエリコ(パレスチナ)では、紀元前8300年ごろに周囲を石壁で囲った集落が現れたとされている。もっとも、世界最古の町の称号については、依然として議論が続いている。

紀元前16世紀
デル・エル・メディナ(エジプト)では、紀元前1500年ごろ、古都テーベのナイル川西岸に城壁が現れたとされている。王族の墓の造営に従事する職人とその家族のために建設されたという。

紀元前11世紀
ダビデ王やソロモン王が君臨したエルサレム(イスラエル)は、紀元前11世紀から城壁都市だったと言われるが、何度も破壊と再建が繰り返されてきた。現存する旧市街の市壁は、オスマン帝国の皇帝スレイマン1世によって1538年に建造された。
