調査に使われた馬は、フランス国立動物生理学研究所(UEPAO)で飼育されていたウェルシュ種の牝馬43頭(5~12歳)です。馬たちは、①人の恐怖の汗の綿パッド、②人の喜びの汗の綿パッド、③人のにおいがついていない綿パッド(対照実験)、を嗅がせるために3グループに無作為に分けられました。

馬たちが綿パッドを嗅いだ後に、行動の観察、ストレスの指標となる唾液コルチゾール濃度や心拍数の測定などが実施されました。

その結果、「人の恐怖のにおい」を嗅いだ馬たちは、それ以外のグループの馬たちよりも目新しい物体をより多く見つめたり、突発的に傘を開かれた時により驚いたり、撫でようとする人に対して接触が少なくなったりという行動特徴が現れました。

最大心拍数についても、恐怖のにおいを嗅いだ馬たちは他のグループの馬よりも有意に高い値になりました。ただし、唾液コルチゾール濃度は個体によるばらつきが大きく、各グループ間での有意差は見られませんでした。

次は「逆」の調査も

研究者たちは「怖がっている人間のにおいは、馬の恐怖反応を増幅させる」と考察しています。馬は、恐怖を想起させる匂いにさらされると全体的に恐怖心が強くなり、人間に近づこうとする意欲が低下することが確認されました。彼らは「馬は人間が恐怖する姿や声に触れなくても嗅覚だけで人間の感情を嗅ぎ分け、化学シグナルによって種を超えた感情伝染が起こった」と主張しています。

さらに、今回の実験結果の実践的な意義として、「馬の管理や訓練のとき、飼育者や乗る人が恐怖やストレスを感じている場合には、人間の感情状態が馬の行動や生理学的反応に直接影響を与える可能性がある」と指摘しています。馬を扱う人の感情を制御することが、馬の福祉や人馬の事故リスク、馬のトレーニング効果の重要なカギとなるということです。

喜びのにおいに対する反応が恐怖ほどは顕著に見られなかったことについては、喜びが恐怖よりも複雑な感情であることなどが原因として考えられると言います。今後は逆に「特定の感情を経験した馬が生成するにおいに対して、人間がいかに反応するか」についても研究し、関与する化学物質を調査する予定です。

乗馬関係者が経験則で感じていた「人が怖がると馬は扱いづらくなる」は、どうやら科学的根拠がありそうです。騎乗して馬から人の顔が見えない状態でも、鋭い嗅覚で「この人は怖がっている」とにおいで感じ取られてしまったら、馬も不安になったり人を軽んじて言うことを聞かなかったりするかもしれません。

最近は、乗馬施設や引退馬牧場などで馬とのふれあいを楽しむ人が増えているそうです。大動物なので注意深く近づくことは必要ですが、リラックスして馬との感情の交流をしたいですね。

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