「そうすると、患者が最初の段階で『放射線治療をやりたい』と言わないといけない、ということですか?」

「そうおっしゃる患者さんもいらっしゃいます。ただわれわれは、『この段階ではまず抗癌剤を受けていただいて、手術することをお勧めします』と説明しています」

1時間の取材の中で、瀬戸は何度となく外科手術の優れた点を強調した。患部を取り除くことができるのは手術だけだ、と。

「例えば88歳の高齢のおじいちゃんが来るとします。そんなときでも、私たちは年齢などはいったん無視して、癌だけを見たときのわれわれの治療方針をお話ししています」

外科手術に絶対の自信を持っている。放射線治療の可能性があるにもかかわらず、高齢者にも6~8時間に及ぶ食道全摘の手術を勧める。なぜなら、年齢やライフスタイルなどは考慮しないからだ。患者が逆提案しない限り、放射線治療という選択肢が示されることなく、手術へと進んでいく。

「病院側から、患者に治療法の選択肢の説明があってもいいと思ったんですが」。そう投げ掛けても、瀬戸は顔色ひとつ変えない。

「金田さんの主張も理解できますし、理想的には患者さん一人一人がしっかりと説明を受けて、自分で治療法を選べるほうがいいと思います。しかし、それを支えるような制度が現在の日本にはないのです」

現在の医療保険制度では、医師が時間を割いて相談や説明をしても、その時間には保険点数がつかない。つまり、コストと労力ばかりが積み重なって病院経営が圧迫される。

それは、医療現場の痛切な訴えではある。しかし、患者に選択肢が示されないことは結果として、他の先進国と比べて特異な状況を生み出すことになる。

日本特有の手術至上主義

こんな調査結果がある。

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本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集37ページより
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本誌7月27日号「ドキュメント 癌からの生還」特集36ページより

先進各国で、肺癌ステージ1期の患者が、どのような治療を受けたか比較したデータだ。数字を見渡すと、欧米では「手術から放射線治療(SBRT)へ」という流れが見て取れる。

アメリカでは手術比率が71.9%(2005年)から60.3%(2012年)に減少し、逆に放射線治療が13.5%から25.8%に上昇している。欧州の調査(2015〜16年)では、オランダで手術が47%に対して、放射線治療が41%と拮抗していることが分かる。

一方、日本の医療は全く様相が異なる。日本の肺癌1期の手術数は3万件(2014年)に上るが、同期間に放射線治療を受けた患者は1600人と全体の5%程度にとどまった。

「その後も、この比率は大きく変化していない」

この比較表を作成した大船中央病院放射線治療センター長(放射線医師)の武田篤也は、危機感を覚えている。日本の放射線治療が、欧米諸国に比べて劣っているわけではない。「もっと放射線治療のメリットを広めていかないと、『癌は切除するもの』が常識となって、本来、放射線を受けたかった人が手術に回されていく」

なぜ、日本だけが手術に偏った治療を続けているのか。外科の力が強く、「癌は切除したほうがいい」という考え方が根強いという理由だけではない。その背景には、医療を硬直化させている構図がある。

その原点をたどっていくと、ある転換点が浮かび上がってくる。

患者の視点が欠落