「右手が所有するもの」の解釈の違い
今回アジズ氏が巻き起こした婚外性交の問題はイスラム教にとって実は古くて新しい問題である。イスラム教の聖典「コーラン」の第23章1〜6節に「信者たちは確かに勝利をつかみ、礼拝に敬虔で、虚しいことを避け、施しに励み、自分の陰部を守るもの。ただし配偶と自らの右手の所有するものは別である。かれらに関しては咎められることがない」とある。
飯山陽著『イスラム教の論理』によるとこれは「イスラム教徒の男性が合法的に性交することのできる相手を定めた章句であり、その相手とは妻と『右手の所有するもの』であると規定しています。この『右手の所有するもの』とは主として、戦争によって敵方から獲得した女たちをさす言葉です」。
つまり戦争で獲得した異教徒の女は奴隷として性交することも認めらており、売却することも認められているのだ。
中東のテロ組織「イスラム国(IS)」が異教徒であるヤズィーディ教徒の女性を奴隷として売買し、性交相手としていたことは流出した資料などから明らかになっているが、こうした行為はイスラム法で認められていることでもあるという。
アジズ氏は博士論文の中でこのイスラム教徒の男性による「右手の所有するもの」に関して言及し、シリア人イスラム思想家のムハマッド・シャフルール氏の提唱する「既婚者が妻以外に女奴隷との婚外性交が認められていることは、奴隷がもはや存在を許されない現代において意味がなく、『右手が所有するもの』は合意に基づく婚外性交に使われる用語であるべきだ」との議論を検証している。
シャフルール氏という思想家はイスラム研究者の中でも異端とされ、伝統的研究者や学者からは批判される考えの持ち主とされている。
大学は「修正要求は学問の自由と無関係」
アジズ氏は論文で、シャフルール氏の思想、解釈に基づいた結論として「イスラム法やインドネシアの家族法は現代の社会に適合するようにアップデートされるべきであり、そこには婚外性交の認可も含まれるべきだ」と主張した。
「ジャカルタ・ポスト」によると同大学の博士課程担当教授は「論文は倫理観と社会常識に基づいて修正されるのであり、学問の自由や表現の自由を侵すものではない」としたうえで「問題はアジズ氏が論文を基に社会に変化を要求したことであり、それは学究の徒の域を逸脱するものである」との見解を示したとしている。
インドネシアではこうした事態の収拾を受けて、この問題に関する報道も話題もほとんど見られなくなった。アジズ氏の博士論文が問うたものはイスラム教徒にとって触れるべからざる「パンドラの箱」だったのだろうか?

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