フランス国王の戴冠式はランスで行われた。墓所はサンドニである。ゴール(ローマ帝国のガリア=現在のフランス)の首座大司教の座はパリではなくリヨンにある。このように、ノートルダムは、聖俗の権力から若干の距離を保っていた。教会としてのノートルダムもまた何よりも「パリ」の、そしてフランス国民のものだったといえる。

フランス人にとってノートルダム大聖堂とは何なのか。一言で答えるならば「いつでもそこにあるもの」である。

火事騒ぎが終わって、改めて見てみると、今もある。屋根が焼けて、尖塔が崩れた。しかし、建物はしっかり残っている。

トランプ大統領が「空から水を落とせばいい」といったツイッターにパリの消防当局は、構造が壊れてしまうと反論した。たしかに上空からピンポイントで水を落としていたら、爆撃しているようなものだ。パリの石灰岩は案外熱に弱くて脆くなっているから、崩れ去ってしまっただろう。

消防隊員への賛辞が続いている。それはまちがいなく、フランス国民の象徴であり、フランスというものの象徴を守ってくれた人への感謝だ。 

hirooka-prof-1.jpg
[執筆者] 広岡裕児 1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。
ニューズウィーク日本版 創刊40周年 世界に映った日本の姿
2026年10月13日号(10月6日発売)は「創刊40周年 世界に映った日本の姿」特集。

復刻版の創刊号特集で読む日本の「これまで」と「これから」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます