2017年5月イスラム武装組織がミンダナオ島マラウィ市を武装占拠し、フィリピン国軍と激しい戦闘状態になった。 ABS-CBN News / YouTube

背景にドゥテルテ大統領の強い決意

2016年6月30日に発足したドゥテルテ政権は、麻薬問題や犯罪、汚職対策と並んで「モロに対する歴史的不正義を正す」としてミンダナオ地方などでのイスラム教徒対策を政権の最重要課題に挙げて、政権発足直後からこの問題に取り組んできた。

法律名となっている「バンサモロ」はマレー語で国家や民族を表す「バンサ」とスペイン植民地時代にイスラム教徒に付けられた蔑称の「モロ」からなる。フィリピンのイスラム教徒はこの蔑称を「植民地政府」、独立後は「中央政府」への抵抗のシンボルとして使い続けてきた経緯がある。

こうしたドゥテルテ政権の積極的な動きの背景には、ドゥテルテ大統領がフィリピン初のミンダナオ島出身の大統領で、祖母はモロのマラナオ人であり、イスラム教徒への偏見や先入観がほとんどないという大統領自身の個人的資質と思惑があるとされる。

2018年7月にドゥテルテ大統領が「バンサモロ基本法」に署名、成立したことで、イスラム自治政府構想が一気に動きだし、大統領は自ら掲げた「モロの人びとに対する歴史的不正義を正す」ことの実現にようやく漕ぎつけたのだった。

今回の住民投票では、大半の自治体で賛成が過半数を獲得して自治政府に編入されるものとみられているが、キリスト教徒などの非イスラム教徒が約30%を占めるコタバト市などでは反対も多く、その開票結果が注目されている。

イスラム過激派、テロ組織を孤立化

こうした動きの一方で、「バンサモロ基本法」はイスラム教徒の意向を汲んだものであることから、当然のことながら非イスラム教徒の反対や、地域の調和や和平への影響からイスラム教徒の中にも反対論があり、なお紆余曲折が予想されている。

投票日を前にした1月20日にはコタバト市の地裁判事の自宅に手榴弾が投げ込まれたりする事件も起きている。現地からの報道によるとこの判事の兄が自治体加入に否定的とされるコタバト市長の秘書を務めていることから嫌がらせを受けたものとみて警察が捜査しているという。またコタバト市では発砲事件も報告されているが、いずれの事案も死傷者はでていない模様だ。

今回の住民投票での結果を受けて2月6日には北ラナオ州やコタバト州の一部地域で2回目の投票が行われて自治政府に編入される地域が最終的に確定する見通しという。

ミンダナオ島では2017年5月に中東のテロ組織「イスラム国(IS)」を信奉する地元犯罪組織の「マウテグループ」とイスラム武装組織「アブサヤフ」のメンバーがマラウィ市を武装占拠。フィリピン国軍が同年10月に同市を奪還解放するまで戦闘を続ける武力衝突も起きている。

ドゥテルテ大統領はこうした和平を望まないイスラム武装勢力やテロ組織を孤立させ、テロを防止するためにも「バンサモロ基本法」は効果的であるとして、「イスラム穏健派を和平に取り込むことで(強硬派を)抑えこむ解毒剤の役割を期待する」と同法にかける意気込みを表明している。

otsuka-profile.jpg
[執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
ニューズウィーク日本版 台湾有事の新シナリオ
2026年4月21号(4月14日発売)は「台湾有事の新シナリオ」特集。

米・イラン戦争で変わる地域紛争の「大前提」/石油危機を恐れるべき理由

※バックナンバーが読み放題となる 定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます