『2つのイラン 「顔の見えない国」の矛盾』

自由がなかった「自由スタジアム」

テヘランのアーザーディ・スタジアムは、収容人数約9万人、イラン最大の競技場である。スタジアムに刻まれた「アーザーディ」という言葉はペルシア語で「自由」を意味する。

しかしその「自由」スタジアムは、皮肉にも長らく女性の入場を制限してきた歴史を持つ。このスタジアムに限らず、女性は長らくスポーツの分野において蚊帳の外に置かれてきた。

イランにおいてスポーツは単なる競技ではなく、政治、外交、そして民族の情熱が交錯する縮図である。選手の活躍は体制の宣伝に使われ政争の具となり、選手の抵抗は体制への挑戦と見なされ、観客席の女性の姿1つが外交問題になる。

イランのスポーツを語るには、イランという国の矛盾と情熱と怒りを、ひと続きに貫き、咀嚼し、受け止めねばならない。

「国民の感情のはけ口」としてのサッカー

イランにおけるサッカーは「国民の感情のはけ口」という側面を持つ。国際試合の日にはバザール(市場)が静まり返り、数千万人が画面に釘付けになる。「チーム・メッリー(代表チームの愛称)」の動向は、時に大統領の発言以上に国民を1つにまとめ、時に社会の矛盾を白日の下にさらす。

イラン代表はアジアサッカー連盟 (AFC) の中でも際立った強さを誇る。かつてアジアカップ3連覇を成し遂げ、FIFAワールドカップにも計6回の出場経験を持つ。特に1998年フランス大会の米国戦での2-1での勝利は、長年の外交断絶を超えて両チームがともに写真に収まったことも含め、歴史的な一場面として今も語り継がれている。試合前にイラン代表チームが米国チームに白いバラの花束を贈るなど、当時は瞬間的に融和の機運が高まった。

(以下、『2つのイラン』目次)

『2つのイラン 「顔の見えない国」の矛盾』
『2つのイラン 「顔の見えない国」の矛盾』
『2つのイラン 「顔の見えない国」の矛盾』

(後編へ続く)

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