彼が亡くなった後、私は長い間沈黙していた。最初の18カ月間はただただ呆然としており、体は動いていても、心は何一つ受け止められていなかった。夫の名前を呼ぶことも、「自死」という言葉を口にすることも、2年近くできなかった。複雑性PTSDと診断された。自死遺族のグループに参加して初めて、自分がいかに悲しみから目を背けてきたかを思い知らされた。
ずっと一人で何とかしようとしていたが、その反動で衝動買いに走ったり、酒に溺れたりした。手っ取り早くドーパミンを得ることで現実から逃げようとしたが、それでは心は癒えなかった。
その後、カウンセリングを受け、運動を始め、家族からの助けを受け入れるようになった。私と同じような境遇の人たちとつながったことで、インターネットを通じて発信する勇気も得た。SNSで声を上げ始めたことは、最悪の痛みを意味のあるものへと変える助けになった。
私の経験を共有することで、もし一人でも誰かが助けを求めるきっかけになれば、それには価値があると思う。
今でも気分の浮き沈みはある。「時間が解決してくれる」という言葉を、私は信じていない。むしろ、時間が経つほど辛くなることもある。節目を迎えるたびに、そこに彼がいないことを痛感するからだ。最初の1年ほどは、感覚が麻痺して涙も出なかったが、癒えるためには感情をしっかりと感じ切らなければならないのだと学んだ。
子供たちには、自分の感情を言葉にするよう促している。だが、父親の墓参りには連れて行かない。息子たちは何が起きたのかを理解しており、それが自死だったことも知っている。一方で、アランが亡くなった時まだ生後10カ月だった娘には、まだ理解できることではない。