廃墟のような町で死を待つ

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死にゆく町で死ぬ

1980年代、ボルクタには約20万人が暮らしていた。その多くは旧ソ連から賃金の高い炭坑作業員の職を求めてやってきた。

当時13カ所あった炭鉱のうち、今ではわずか4カ所しか残っていない。人口も7万人近くまで減少している。

ボルクタ中心部には、屋根が崩壊したり、庭にがれきが散乱したりしている人けのない黒ずんだアパートが建ち並ぶ住宅街がいくつもある。

ボルクタに続く道路はなく、住民の大半にとってはあまりに費用がかかり過ぎるため、所有物を持って町を離れることなどできない。放棄されたアパートの床には、朽ち果てた家具や衣服、本などが散らばっている。

「町を出るときは、銃とギターを持っていく。それだけだ。皆、何もかも捨てて出ていく」と、列車でボルクタまでやってくる炭坑作業員のセルゲイさんは言う。

地域病院に勤務する女性医師は、死んだような町で暮らしたくないと匿名で語った。来年定年を迎える彼女は、ブゲラさんのように、家族のために用意していた南方にある家に引っ越す計画だった。

「今回の改革で、そうしたことは全く実現しないだろう。私には分からない。でも、もう私にはこのような町で暮らす力も、意思も、何もない。ここはすべてが廃墟と化している」と彼女は話した。

「まるでゾンビのように歩き回っているかのようだ」

抗議デモ

ブゲラさんは、ボルクタで行われた年金改革に抗議する活動に参加した。こうした抗議デモは比較的小規模で、7月には約1000人が集まった。来月雪が降り始めれば、その規模はさらに小さくなると予想される。

「抗議活動で何も変わらないなら、少なくとも子どもたちのために何らかの基盤を残してやりたい」とブゲラさんは語る。

静かな怒りは9月9日の統一地方選で発せられた。選挙管理委員会のデータによると、ボルクタの投票率はわずか7%だった。

一方、年金改革案が発表される前の今年3月に実施された大統領選では、同市の投票率は50%に上っていた。

「この年金改革は最後の一撃だと、皆が思っている」と、元炭坑作業員で現在は警備員のアレクサンドル・ゴリャンチュクさん(37)は地方選での低い投票率についてこう語った。

「私たちは厳しい状況の中で生活している。寿命もあまり長くはない。それなのに年金も取り上げるというのか」と彼は訴えた。

オルガ・レベデワさん(47)は、以前であれば年金がもらえるまであと4年だった、とボルクタの町を歩きながら語った。

「だが今では5年先送りされた。だから、あと9年待たなくてはならない。笑って耐えるしかない」。そう彼女は言い、しばらくしてつぶやいた。「いえ、酒を飲むでしょう」

(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

Polina Ivanova

[ボルクタ(ロシア) 25日 ロイター]

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