自衛官は、三島のような「英雄」になりたかった

1970年に自衛隊駐屯地で一席ぶった後、自決した三島由紀夫。国を守る任務に就いたはずの23歳の自衛官は、三島のような「英雄」になりたかったのではないか。

そして彼のような若者が現れた背景には、私が近年感じてきた日本の変化があるように思う。

日本は長らく平和国家だった。それもこれも戦後一貫して国民全員が「戦争は悪いことだ」という認識を共有してきたからだ。

毎年8月になれば、第2次大戦を題材にした映画やドラマ、アニメが放映され、「戦争はよくない」とたたき込まれる。そうした努力に私自身感心していたし、日本の平和主義は世界的にも評価されている。

しかしそんな風潮も微妙に変わりつつある。平和国家「だった」と書いたのもその微妙な変化が理由だ。

一例を挙げれば、太平洋戦争時、自爆攻撃で散っていった特別攻撃隊(特攻隊)の評価がある。かつては国にだまされた「被害者」という位置付けだったが、国のために命を懸けた「英雄」との見方が出てきている。

零戦パイロットを描いた百田尚樹氏の小説『永遠の0』もそのきっかけになったのかもしれない。

高市政権が進める保守的な安全保障政策に対し「日本を戦争する国にするのか」という批判がある半面、それを支持する層も少なからずいるようだ。

批判が正しいかはともかくとして、少なくとも「戦争反対」が日本の絶対的な価値観ではなくなってきていることには、多くの人に同意してもらえるのではないだろうか。

平和主義の信頼が音を立てて崩れることになる
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