「ちぃっと長く生きすぎたなぁ。イヤなものを見ちまった」
しかし、「ここは原発からずいぶんと遠く離れてるんだ。そんなに心配することはねえし、きっと大丈夫だろ」というじいちゃんの楽観は、時間の経過とともに否定されていくことになる。ニュースでも、村が高度に汚染されたことを示唆する報道が増え始めた。
次々と報じられるニュースは、「なにもないけれど自然豊かで美しい村」の山々や田畑、そして水までが汚染され、畜産業なども完全に破壊されつつあることを物語っていた。
そして、避難の必要性が現実味を帯びてくる。
居間の座椅子に腰かけてテレビ画面を凝視していたじいちゃんも、次第に口数が少なくなり、表情には憂いの気配が深まっていったという。美江子さんもじいちゃんに、避難の必然性を訴え続けた。
「でもオレ、ここを離れたくねえなぁ......」(97ページより)
「もし避難することになったとしても、みんな一緒だから大丈夫」という言葉に「そっかぁ......」と答えるじいちゃんの表情や態度は、大きく変わったようには見えなかった。
ただ、しばらく呆然とした様子で虚空を見つめていた文雄は、両手で幾度か頭を抱えるような仕草をし、ごく小さな声でぽつりとこうひとりごちたのを、美江子はいまも耳朶の奥に残ったまま忘れられずにいる。
「ちぃっと長く生きすぎたなぁ。イヤなものを見ちまった......」
そして文雄は、
「ちょっと疲れたから、部屋で横になってひと眠りしてくる」
と言い残して居間から出ていった。美江子は黙ってその背を見送るしかなかった。(97ページより)