「ともかく騒ぎを起こせば問題解決につながるかもしれない。注目を集めれば集めるほどその可能性は高まる。だから見る人が驚くような騒ぎを起こしてやろう」こうした発想は中国ではごくごく一般的なもの。「囲観」(野次馬)という言葉もあるほどで、とりあえずサプライズを起こして野次馬を集めれば力になる、傍観者も、野次馬となって事件を見守るだけで圧力をかけるというアシストができるという寸法だ。
中国しかり、香港政治しかり、裁判やら選挙やらの合法的な紛争解決手段が機能しない場合には、パフォーマンスによる動員が唯一有効な手段ということなのだろう。
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共産党はなぜ"悪手"を指すのか
問題は中国政府の拙劣な対応だ。上述のとおり、パフォーマンスによる抗議など中国ではありふれているだけに、どのように対処すれば沈静化するのかというノウハウも蓄積されている。パフォーマンスによる抗議は瞬間的な力はあっても持続力はない。しばらく放って置いて野次馬が消えたところで処理するという「秋後算帳」(収穫後に決済するという意味の言葉。転じて、時間をおいて処断する)は効果的だ。
青年新政にしても、放っておけば過激パフォーマンスが疎まれて支持を失っていく可能性が高かっただろう。誘いにのって議員就任阻止の決議を出したことによって、独立派のみならず自決派や民主派の怒りもかき立て、独立派の存在感を高める結果となった。なぜ中国政府は明らかな"悪手"を指してしまったのか。
「香港をいかにうまく統治するか」という観点では明らかに非合理的な決定だが、それ以上に中国共産党内部の論理が優先されたということなのだろう。独立を目指すと公言し、中国を侮辱するような輩を香港特別行政区の議員にしたままでいれば中国共産党の沽券に関わる、中国共産党指導者が弱腰だと批判されかねないという発想だ。
先の見えない混迷の季節を迎えた香港。警察による催涙弾の使用などがあれば、2014年の路上占拠運動「雨傘運動」のような事態へと発展してもおかしくない状況だ。独立派と中国共産党のマッチポンプはどこまで続くのだろうか?
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由