彼らは地方政府や国有企業に配置換えになったり、あるいは一時金をもらって職探しや起業をしたりというセカンドキャリアを送っている。地方政府や大手国有企業に配属されれば一生食いっぱぐれの心配はないし、定年後の待遇も完璧だ。ところが中途半端な国有企業に配属されたが破綻してしまった、一時金をもらったけれど職探しも起業もうまくいかなかった、という人がいる。彼らこそ今回のデモの主役だ。

 実はこうした退役軍人のデモは多発しており、珍しい話ではない。今回は「約1万人が八一大楼を包囲」という"規模と場所"がニュースとなった。退役軍人のデモ自体は日常茶飯事といっても過言ではない。

 これほど大規模なデモが北京市の中枢部で実施できたのは後ろ盾がいたからではないか。退役軍人たちの不満を利用した習近平下ろしの動きではないか。一部ではこうした深読みもあるようだが、状況証拠だけではなんともいえない。というのも中国では軍人、元軍人は尊敬すべき対象である。ましてや元士官という偉い人たちなのだから手に負えない。

改革が生み出す「ソリティア」の達人たち

 いつまでも暴れられては困ると、中国政府は退役軍人にしかるべき処遇を与えるよう地方政府に促している。しかし財源までは出さないので、地方政府は先立つものがございませんとのらりくらりやりすごす。もう何年も同じ状況が繰り返されているのだ。2015年9月3日の大閲兵式で習近平総書記は新たに30万人の兵員削減を発表した。その一部が食い詰め者になることは間違いなく、政府にとっては新たな悩みとなるだろう。兵員削減と近代化は必要な改革だが、その副産物として生じる食い詰め者への対応はうまくいっていない。

 いや、問題は食い詰め者だけではない。デモを起こさなければ政府は満足だろうが、元軍人を押し付けられた地方政府や国有企業は災難である。ろくに仕事もせず、朝から晩まで新聞を読んでいたり、ゲームで遊んでいたりというやる気のない新職員がやってくるのだから。しかも軍と同レベルの待遇が約束されているので管理職の肩書きまで持っている。

【参考記事】汚職の次は「さぼり」を取り締まり始めた中国

 中国政府はさまざまな改革を実施し、経済成長を実現してきた。あっぱれといいたいところだが、その裏側には食い詰め者だったりゲームの達人だったりが大量生産されている。軍人だけではない。昨秋には一人っ子政策が廃止され全面的な第二子出産が認可されたが、一人っ子政策関連の公務員は全国に50万人以上。農村レベルの末端構成員まで含めると200万人近い人間が関与していた。今後、彼らをどのように処遇するのか、政府にとっては悩ましい問題だ。

【参考記事】知られざる「一人っ子政策」残酷物語

 着々と改革を進める点ではたいしたものだが、その結果として生じる食い詰め者の処遇は容易ではない。

 さて、本稿では強制土地収用に退役軍人デモ、同じ漢字文化圏だけについついわかったような気になるが、実は日本語とは"ずれ"のある事象について紹介した。こうしたなんとなくわかりそうでわからない話、その機微について今後もお伝えしていきたい。

[筆者]

高口康太

ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。