この用語はもともとマルクス主義に由来するもので、抑圧された人びとは、自分自身の視点と自分を抑圧する者の視点という2つの視点や立場つまり「スタンドポイント」を同時に洞察できるのに対し、抑圧者は1つの視点(自分自身のそれ)しか持つことができないという考え方をいう。

労働者は資本家のルールと世界観に従うので、資本家の立場を洞察することができる。それに加えて、労働者は、自分たちが社会的に置かれている立場について、資本家にはない深い知識をも持っている。

この考え方は、フェミニズム、批判的人種理論、トランス運動など、いくつかの社会運動で採用されている。

トランス活動家によって展開されたスタンドポイント認識論によれば、トランスの経験についての立場に基づく知識には、シス[編集部注:生まれ持った性別と性自認が一致している人]ではなくトランスの人びとだけが得られる特別な形態があるという。

たとえば、トランスの人びとだけが「シス特権」の悪質な影響や、それがほかの形態の抑圧とどのように交差し、ある種の生活体験を生み出すかを正しく理解することができるとされる。

いくつかのフェミニズムや批判的人種理論のバージョンでも起きたことだが、大衆文化を通じて変容することで、この考え方はただちに次のようなものになった――ジェンダーアイデンティティに関する哲学的な問題を含め、トランスの人びとの性質や利益について正当に何かを語ることができるのはトランスの人だけだ。

フェミニストやレズビアンも含めて、シスの人がここで貢献できることは何もない。自分たちにも何か貢献できることがあるというシスの思い込みは、自分たちの不相応な特権のさらなる表れである。

トランスの哲学者であるヴェロニカ・アイヴィーの言葉を借りれば、ターフを含む「シスの連中」は、「座って黙っている」だけでいいというわけだ。

キャスリン・ストック(Kathleen Stock)
1972 年生まれ。元イギリス・サセックス大学教授。オクスフォード大学で哲学の学士号を、セント・アンドリュース大学で修士号、リーズ大学で博士号を取得。専門は、美学、フィクションの哲学。特にジェンダーと性別(セックス)に焦点を当てた研究が注目を集めている。ジェンダーと性別の複雑な問題に対する哲学的研究は、フェミニズムとジェンダー理論の分野で重要な貢献をしている。著書に『Only Imagine: Fiction, Interpretation and Imagination』(OUP, 2017)など。

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 『マテリアル・ガールズ:フェミニズムにとって現実はなぜ重要か
 キャスリン・ストック[著]
 中里見博[訳]/千田有紀[解説]
 慶應義塾大学出版会[刊]

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【動画】イギリス・サセックス大学元教授のキャスリン・ストック
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