女性とLGBTの地位向上に対する長年の功績が認められ、アメリカの民間人として最高の栄誉である大統領自由勲章を09年に授与されたキングでさえ、そうなのだ。彼女が現役だった頃はまだ、同性愛と分かればスポーツ界から追放されかねない時代だった。残念ながら、この映画はそうした社会の閉塞感や影の部分を描き切れていない。

映画の中のキングは、あくまでも輝かしい戦績を誇る稀代のアスリート。性的指向を隠すために苦悩する女ではない。キングが「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(男と女の頂上決戦)」と喧伝された73年の試合で元男子世界王者のボビー・リッグズを破り、女子テニスという競技の地位を飛躍的に向上させたのは事実だ。しかし私生活での彼女は、当時のアメリカ社会に存在したダークな規範に縛られて、常に後ろめたい思いを抱いて生きていた。その部分が『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』では欠落している。

レズビアンの恋を描くのに、彼女たちのセクシュアリティーを特異なものとして扱う必要はない。そうではなく、それを特異なものと思わせた社会の歴史的な責任を問うような描き方もできるはずだ。

もちろん、LGBTの人たちを支える法的な制度の確立は大切なことだ。しかしキングの生きざまを見れば分かるとおり、LGBTに対する差別はしばしば法的規制の網をかいくぐったところで起きる。

陰湿な同性愛嫌悪はいかにして醸成され、社会に浸透していくのか。そのプロセスに光を当てるような映画が作られるなら、それはきっと社会を変えていく力を持つ。私たちの犯してきた過ちをアートに昇華するような映画だ。

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