「シェイク(師)」の尊称を持つその男性、アブドル・アーティー師に話を聞くことができた。穏やかな語り口の彼の声が、クルアーンの話になると突如として力強さを帯びた。

「クルアーンは私にとって、まるで目の光のようなものです。目が見えない私でも、クルアーンの朗誦から得られる力によって、すべてが見えてくるのです」

イスラーム教徒にとってクルアーンは神の言葉とされ、行動規範、道徳規範、儀礼的規範、法的規範などが含まれている。そして、結婚式はもちろんのこと、学校の朝礼で朗誦されることも決してまれではない。テレビやラジオの放送開始前と終了後にはクルアーンが流れ、クルアーン専門のチャンネルすらあるのだ。そうした放送では無論、最も美しい声を持つムクレッが誦するのだが、アブドル・アーティー師もエジプト国営放送から朗誦を依頼される特別な声の持ち主なのである。カフェの店員の1人は言う。

「アブドル・アーティー師の朗誦は、クルアーンの文言が心に響き、たいへんな癒し効果があるのです」

これに対して、アブドル・アーティー師は慎み深く語る。

「現代の煩わしい社会を生きる私たちに、生活の規範、そして人間のあるべき姿を諭してくれるクルアーンの言葉。私はそれを伝え続けていきたい」

今日もまた、エジプトのどこかで、アブドル・アーティー師の清らかな声が多くの人々の心を癒していることだろう。

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【執筆者】アルモーメン・アブドーラ エジプト・カイロ生まれ。東海大学国際学部教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会)などがある。
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