2人のミッキーが1人のふりをする試みは次第に危うさを増し、映画の後半は彼らの生き残りをめぐって展開する。一方、巨大化したクマムシのような異星生物が押し寄せ、ニヴルヘイムの基地は新たな危機に直面する。

虚無主義を乗り越えて

ダークで笑えるせりふや独創的な視覚デザイン、下ネタ系ユーモア(ゲロの連続なので、ご注意)に満ちた本作はとにかく楽しい。だが『パラサイト』のように、精緻で完璧な構成の作品ではない。雰囲気がより近いのは、ポン監督の初の英語作品『スノーピアサー』(13年)だ。グラフィックノベルが原作の同作も、氷のディストピア的世界での資源競争を描いていた。

『ミッキー17』は本来、もっと長い作品だったのだろう。女性の登場人物2人の恋模様が妙に省略され、編集の結果とみられる欠落をナレーションで補っているところがある。

ラファロの演技は、やりすぎと言えなくもない。だが不快な独裁者を大げさに戯画化したマーシャルは、今のアメリカの政治状況にほぼ完全に当てはまり、繊細さに欠ける演技を批判するのは的外れに思えてくる。

ラファロとポンによれば、マーシャルは特定の指導者をモデルにしたわけではない。それでも最近の出来事を考えると、「ドキュメンタリーを制作した」気がすると、ラファロは発言している。

残酷になりかねない本作の救いは?
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