<村上春樹の『街とその不確かな壁』英訳版がこの冬に刊行された。壁に囲まれた街にこだわった理由とは?>

たいていのアーティストには、何度も立ち返るアイデアやテーマがあるものだ。それを練り直したり、書き直したりして、新しい作品に昇華させる。それはこだわりというよりも、どこか取りつかれている感じに近いかもしれない。

だが、小説家が駆け出しの頃に書いたストーリーを、キャリア半ばに書き直して発表し、さらに円熟期もかなり入ってから、磨きをかけて、三たび発表するのは珍しい。

村上春樹が『街とその不確かな壁』(2023年4月刊)でやったことは、まさにそれだ。初期に書いた中編小説『街と、その不確かな壁』を、1985年に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』として書き直し、さらに作家としての成長を反映するかのように、深くまで手を加えて完成させた。

この小説で展開されるのは、冬の村上ワールドだ。一見したところ、しなびて静かだけれど、ひそかに希望と喜びを蓄えている季節だ。そして村上が立ち返るのは、名もなき男が、現実の世界と、時間が止まった(ように見える)壁に囲まれた街の両方に存在する、という設定だ。

街の住民は質素な服装で、「簡素だが不自由のない生活」を送っている。主人公はそこで、卵のような形をした「古い夢」が並ぶ図書館で働いている。その仕事は、かつて恋をした少女(やはり図書館に勤めている)に助けてもらいながら、夢を読むことだ。

街の中央の広場にある時計台には針がなく、その街で暮らすためには、門衛によって影を引き剝がされることを承諾しなくてはいけない。

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