そんな状況で覚悟を決めているのか、あるいは慣れたのか、平然とした住民がいる。こちらもできる限り状況に慣れようと、平静を保つよう心がけた。

救出されてきた人が10人程度集まると、待機していた数台の車両に荷物を積み、身分証をチェックして写真を撮り、それぞれ乗り込んでバスが待機するポクロフスク中心部へと運ばれる。この日は25人前後がヘルニャックから避難してきた。

心動かされてシャッターを切る

救出団体チルドレン・ニュージェネレーションのメンバーで、ポクロフスク市セリドべ出身のフェディール・シロバツキーは言う。

「戦争が続いているので、国内の安全な場所に人々を避難させる必要がある。われわれのホットラインへ依頼があれば、ドニプロ市の一時避難場所に移動させる。その後、希望する全員に宿泊施設を提供する。避難を望んでいる人がいる限り、私たちはこの活動を続けるつもりだ」

9月11日も前日同様、クラコバでヘルニャックから救出されてくる人々の取材をしていた。この日、私はボランティアの1人に「ヘルニャックへ同行させてほしい」と頼んだが、即答で断られた。もしメディアや外国人を同行させて事故があった場合、同行させたウクライナ人が責任を問われる。無理強いはできない。

だがその日最後のヘルニャックへの車が出発しようとした時、ボランティアが「早く車に乗れ」と声をかけてくれた。

「危険すぎてもう村の中には入れないので、今回は村の外れで住民を乗せた車両と待ち合わせをしている」とのこと。そこまでなら大丈夫ということらしい。

改めて訪れた町は主要な建物が破壊
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