その中には、前回の舌禍への反省がないことや変わらぬ女性への偏見を批判する声もあれば、あるいはパーティーという場での発言をメディアが切り取って報道すること自体を批判する声もある。それぞれ一理あろうが、もっとも重要なことは、ジェンダーを巡って、日本政治の抱える「ムラ」の論理と「社会」との間に横たわるギャップが改めて顕在化したという点だろう。
今回の発言は直接的には女性政治家を対象としたものではなく、女性秘書を揶揄したものであるが、事の本質は同じ。これを「他山の石」とするのであれば、日本政治が抱える「ムラ社会の論理」が直面している課題をジェンダー平等の観点から真剣に考える必要があるのではないだろうか。それは、女性議員と候補者の数をどう増やすかということに加えて、日本政治のトップに女性が就く現実的な可能性を考えることでもある。
俳優・吉沢亮氏が若き渋沢栄一を好演しているNHK大河ドラマ「青天を衝け」では、血洗島(現埼玉県深谷市)という小さな農村に生まれ育った渋沢栄一が「ペルリ来航」のインパクトを受けて、徐々に外界への関心を高めていく様子が丁寧に描かれている。「ムラの外」への想像力こそが、明治維新を支え、近代日本発展の原動力になったとも言える。
ジェンダーギャップのランキングが示した女性の政治参加147位という順位は、日本政治が抱える「ムラ社会の論理」を前にして、ジェンダー平等という課題がなかなか内在化しない現実を突きつけている。「ムラの外」への想像力を日本の政治がどう取り戻すかが問われている。
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