社会に余裕がなくなっていく状況下で、エスニシティにせよ、セクシュアリティにせよ、年齢にせよ、特定の属性をスケープゴートにするような言説は、すぐに憎悪表現に至るようなエスカレートをたどる。最悪の場合、表現に留まらず、実際の排斥へと至るかもしれない。
厄介なのは、そうした排斥が、恵まれない者たちの救済という顔で登場してくることだ。ナチスは苦しい生活を強いられているドイツ人の味方を標榜し、ユダヤ人を排斥した。世代間格差論者も、若者の味方を標榜しており、ネットテレビやYouTube などの新興メディアに頻繁に登場している。
しかし世代間格差論は結局、あからさまな憎悪扇動表現に対して誰も注意しないような恐るべき言説空間をつくりあげることになった。発信側が扇動を制御できないのならば、視聴者の側がコントロールするしかない。その意味でも、このタイミングで成田氏の過去発言の「炎上」が起こったことはよかったのかもしれない。