朝5時ごろ、ようよう夜が白じみ始めてきた頃には、東宝公楽の前の列は三重四重にとぐろを巻き、朝7時に警備員が出勤してくると、すでにその時点で目算で千人近い青少年や大人がスクリーンが幕開けるのを今や遅しと待ち構えており、同時刻を以て「夜の回まで全部満席」という触れ紙が張り出される前代未聞の驚嘆すべき光景が現出したのである。これを本当の社会現象と言う。これに比べたら、昨今の「社会現象」というのはまるで児戯に等しい。劇場版本編よりも、極寒のススキノで10時間以上列を作りながら、冷気に震えつつ学友らとあれやこれやと談笑に耽った思い出の方が、私の脳裏に強烈に焼き付いている。
嗚呼、ここにエヴァ完結す
あれから26年が経った。私は関ケ原戦役における加藤清正と同じ齢38歳になった。今次シン・エヴァンゲリオンで以てエヴァは堂々完結を迎えた。本作を観て「まだ続編がある」と期待している者がいたとしたらそれは庵野監督の意図を全く読み取れていない。外伝的な展開はあろうかもしれないが、庵野監督は正真正銘エヴァの歴史にピリオドを打った。その威風堂々たる終焉にあって私は客席で独りむせび泣いた──嗚呼、ここにエヴァ完結す。この物語は庵野監督自身の自伝であり、そしてまたエヴァと共に時を重ねてきた一億エヴァファンの自伝と同義なのである。
ちなみにあれだけ列を作った東宝公楽は2010年を以て閉館し、現在では「ラウンドワン札幌すすきの店」として全く近代的な巨大ビルに変貌して往時の面影はない。しかし私は、いつでもありありと瞼の奥に在りし日の東宝公楽の姿と、その漆黒の中に列をなした善男善女の滾る熱情を再生することができる。1997年3月16日朝5時、少年古谷は払暁を背景に黒く浮かび上がる電柱のシルエットを観て「俺は将来、映画監督になる」と絶対決意した。ところがどっこい、なぜだか私は物書きになったのであった。歓呼三声、それや―、エヴァンゲリオン万歳!々々。
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